身長121cm、体重29㎏。“自然”な身振り手振りで人を惹きつける『Pepper(以下、ペッパー)』。
目次
- ペッパーが介護業界にやってきた!
- すごいぞ!ペッパー【ロボレク・ロボリハ編】
- ペッパーが照らす介護の明るい未来
ペッパーが介護業界にやってきた!

集客や接客だけに留まらず、いまや介護や教育といったこれまでとは違ったフィールドでもペッパーは活躍している。
2014年。世界で初めて感情を持ったパーソナルロボットとして登場したペッパーの魅力に改めて迫ろう。

(ソフトバンクロボティクス株式会社提供による資料をもとに作成)
ペッパーの開発・販売を手掛けるソフトバンクロボティクス株式会社は、「ロボット革命で人々を幸せに」というビジョンを掲げ、人とロボットが共生する世界を目指している。ペッパーのプロジェクトをはじめとした人型ロボット事業を推進する同社の山本さんは、ペッパーの特徴をこう語る。
山本「右から左に“完璧に”モノを運べるようなロボットの需要は、今後も高まるはずですが、ペッパーの役割はそれとは違います。子どもからお年寄りまで、コミュニケーションを通じて『人を楽しませる』ことがペッパーの魅力であり特徴のひとつです」

ペッパーの独自性を語るうえで、「楽しい」というキーワードは欠かせない。
ペッパーに搭載されているアプリを開発する株式会社ロゴスで、ロボットアプリの開発を担当する太田さんは、「一緒に」楽しむことができることを強調する。
太田「ペッパーは、“私たち人間のように” 、まるで息をしているかのように、常にどこかが動いていることが、他のロボットにはない特徴です。その人間らしさがあるからこそ、生活に自然と受け入れられ、楽しい時間を『一緒に』過ごせるのだと思います」

発表当初より、ペッパーはそのコミュニケーション能力の高さが注目を集めてきた。
人と共存することに重きをおいて開発されたペッパーが、介護業界にも活躍の場を広げるようになったのは必然だったのだろうか。
ペッパーはなぜ介護業界に?!当初、ペッパーは家庭向けのモデルとして発表されたが、その後、法人向け、教育向けと事業領域を広げていった。
介護業界においては、現在150以上の施設で導入され、延べ約10万時間のレクリエーションを提供している。
そもそも介護業界に進出したのはなぜなのだろうか。

山本「事業領域を拡大していく過程で、ペッパーを取り入れた企業のご担当者から、『高齢者の“ウケ”が非常に良い!』というフィードバックをいただきました。そのお声が進出を考えたきっかけですね」
現場の声をヒントに、山本さんは介護業界を注視した。
介護業界に「成長性」を感じただけでなく、「一人でも多くの方にロボットと触れ合う機会を作る」という理念ともマッチしていたことが大きい。山本さんはこう付け加える。
山本「介護業界は、笑顔を生み出すことができるペッパーは『打ってつけ』だと考えていました。それだけでなく、ロボットソリューションで現場の人手不足や労働環境を改善することで、結果的に介護サービスを利用される方に対しても、介護現場で働く方に対しても、より『楽しい』場を提供していけるのでは、と。ペッパーと介護業界の親和性の高さを感じていました」
介護現場でのレクリエーションは、20~30人で行うような全体レクリエーションと、一対一で行う個人レクリエーションの2つにシーンに基本的には分けられ、ペッパーの機能も同様に『全体レク』と『個人レク』に分けている。
介護業界での活躍を太田さんはこう語る。
太田「子どものようなビジュアルと声のトーンもあって、孫のようにペッパーをかわいがってくださる方が多かったと聞いています。
介護の現場では空間が『マンネリ化』してしまいがちです。でも、そこにペッパーという“新しい存在”が登場することで、施設の利用者はもちろん、スタッフも笑顔になって生き生きと明るい雰囲気に変わるようです。
業務負担を軽減するだけでなく、心理的にもプラスになったという声もいただきました」

(ソフトバンクロボティクス株式会社提供による資料をもとに作成)
すごいぞ!ペッパー【ロボレク・ロボリハ編】

介護現場で「活躍」できるように、ペッパーには主要な機能として2つのアプリが搭載さている。
レクリエーションを一緒に楽しむために開発された『ロボレク』、リハビリテーションの「プロ」と開発したリハビリテーション専用アプリ『ロボリハ』の2つだ。
『ロボレク』は、体操・歌・ゲーム。脳トレといった多彩なコンテンツを楽しむことができる。体操は、上半身体操が43種、下半身体操が11種、口腔体操が12種登録されているので、施設に応じてカスタマイズできる。カラオケ機能もあり、高齢者に人気の歌の78曲が初期設定で唄うことができる。
『ロボリハ』は、リハビリテーションの支援を行う。プログラムは、言語聴覚士、理学療法士、作業療法士らによって監修されており、発声の練習やペッパーの動きを倣うことで機能的な訓練を実施できる。

(ソフトバンクロボティクス株式会社提供による資料をもとに作成)
「ロボレク」「ロボリハ」を詳しく知ろう!「ロボレク」「ロボリハ」を搭載するペッパーならではの特性はどのような点にあるのだろうか。アプリ開発者でもある太田さんに解説してもらった。
太田「『ロボレク』の特徴に、カスタマイズの自由度があげられます。例えば、月曜日は体操10分とカラオケ20分、火曜日は体操15分とカラオケ15分といったように、一週間分のメニューを自由に細かく組み合わせられます。ご利用者にとって計画的に楽しんで頂けるのはもちろん、介護現場の人員配置にも役立てられるのではないかと思います」

(ソフトバンクロボティクス株式会社提供による資料をもとに作成)
ロボリハにはどのような特徴があるのだろうか。
太田「『ロボリハ』を行った方のリハビリデータを記録・グラフ化する機能があるので、個人の『進捗状況』を蓄積することが可能です。また、このアプリには1,000人くらいの顔を認証する能力があり、顔認証機能によりリハビリを行う人の名前を呼びながら進行をしてくれるので、『前のめり』にリハビリに取り組んでいただけているようです」

(ソフトバンクロボティクス株式会社提供による資料をもとに作成)
一方、『ロボリハ』には個別ならではの課題がある。
太田「ロボリハは、リハビリのプロをペッパーに『憑依』させているようなものなので、効果を期待することができます。 個人ごとにカスタマイズできるので、それぞれの利用者の方にとって最適なメニューを提供できる一方で、施設ごとの導入台数に限りがあるため、個々の利用時間を施設側でスケジュール管理するなど、施設ごとに最適な運用ルールが必要になります」
ソフトバンクロボティクスではこのような現場からの声を受け、一人でも多くの利用者の方や介護施設の方々にとって、より良い運用方法を見つけるサポートを始めている。
介護現場の声を聞くペッパーを実際に導入した介護施設には、どのようなフィードバックが届いているのだろうか。
介護施設へ導入された数日は、ペッパーへの接し方に『戸惑う』利用者の方々もいたようだが、接していくうちに子どものようなペッパーに楽しげに話し掛ける光景が生まれたようだ。開発者として思わぬ「収穫」もあった。
太田「ある施設ではスタッフが前に立ってレ行うクリエーションには参加しないのに、ペッパーが前に立つときだけ体操に参加する利用者がいるという話がありました。これには、職員の方も不思議に思ったそうです。
実はこういったフィードバックが多く、それまでは歌をあまり歌わなかった方がペッパーと一緒であれば歌い出したり、レクをぼうっと眺めていただけの方が一緒に体操を楽しんでくれたりするそうです」

(写真提供:ソフトバンクロボティクス株式会社)
ペッパーがいることで場の雰囲気が変わる「現象」を裏付ける、興味深いデータがある。
コロナ禍で、ペッパーに検温カメラをセットし、体温の高い方などに「声を掛ける」機能を商業施設などで実行した。この機能に対してユーザーアンケートを実施したところ、ペッパーの声掛けが、人間よりも1.5倍好評だったという。ペッパーの対応にはストレスを感じにくいようだ。
山本さんはこう分析する。
山本「あくまでも推測ですが、人間から指摘されるとちょっとした「抵抗感」があることでも、『人とロボットの中間』にいるペッパーが伝えることで、コミュニケーションの摩擦が軽減されるのではないかと考えています。
そんなペッパーが、大勢の前でレクリエーションを一生懸命に率先することで、施設の利用者の方々も『やってみようかな』と気持ちになるのではないか、と。これは、人型をしていることがもたらす効果でもあるのではないでしょうか」
ペッパーのコミュニケーション能力がもたらす効果については、それだけではない。
太田「介護職の方も利用者の方も人間なので、それぞれの現場で『相性』があるかと思います。でも、ペッパーがいることで、コミュニケーションが円滑になるようです。たとえばデイサービスへ行くことを拒んでいた人が来てくれるようになった話も聞いています」
ある介護施設の職員は、ペッパーがみんなの前に立ってレクリエーションを実践することで、人前に立つ心理的なハードルがすごく下がったということもあったようだ。
ペッパーを導入していることを施設の特色として、HPで積極的に打ち出したり、ケアマネジャーに伝えたりと、他の施設との差別化を図っているところもあるようだ。

(写真提供:ソフトバンクロボティクス株式会社)
ペッパーが照らす介護の明るい未来

ペッパーを導入するコストはどうなっているのだろうか。現在、多様なプランが用意されている。

(資料提供:ソフトバンクロボティクス株式会社)
接客用などの他業界で展開されるプランよりも、かなり「抑えられた」価格となっている。それはなぜなのだろうか。
山本「介護業界の将来性を考えたときに、粘り強くビジネスを行っていくべきだという『強い思い』がありました。いまは、導入先からのフィードバックをみながら徐々に浸透させていく時期です。
ペッパーがどういうポジショニングで活躍できて、その中で生まれてくる価値を探していくためにも、中長期的にビジネスを育てていく必要性があることから、コスト面の導入ハードルをできるだけ下げています。また、近年は助成金の活用事例も増えてきております」
ロボットの導入は、介護施設にとっても「チャレンジ」となる。IOT化が推し進められているとはいえ、まだまだ普及しているとはいいきれない実情もある。
現場にはどのような課題があるのだろうか。
太田「『機械はできるだけ触りたくない』という方も少なからずいらっしゃいますので、導入にあたり、機能・使い方、実現できることについては、事前にしっかりとご説明しています。IOT化に積極的な職員がいる場合は、その職員の方と連携し、上手に運用していただいているケースもあります」
一方で、ペッパー自身にも「伸びしろ」がある。
ペッパーにはAI会話機能が搭載されており、ある程度の会話をストレスなく楽しむことができる。会話という行為が認知症の進行の抑止を期待されることもあり、AIによる会話機能の向上を求める施設も少なくない。
しかし、会話の機能に関しては利用者の声の大きさ、話す速度、方言などまだまだ多くの課題があるため、現状では多くの方に対応できる『ロボレク』『ロボリハ』の開発を着実に進めている。その開発の先に、会話機能の発展があると二人は声をそろえる。

最後に、ITソリューションも含めて介護業界は今後どのように変わっていくと考えているのかをお二人に聞いた。
太田「スマートフォンが世の中に受け入れられていったように、ロボットもさらに普及して、受け入れられていくと思います。
介護業界は人と人との触れ合いを非常に大切している業界です。人でしか感じられない触れ合いと、ロボットにしか出せない価値を上手に使い分けていくことで課題解決が出来ていくのではないでしょうか。
現状では、レクリエーションやリハビリテーションの提供がメインですが、今後は施設内の管理システムなどと繋がることも可能になると思います。
たとえばレクリエーション中に『〇〇さんに異常が見られました!』と通知し、職員の方に『〇〇さんのところへ行ってください!』とデータを送り、その対応をしている間に『次は何時にレクがあるのでみなさんよろしくお願いします』と待っている人に声を掛ける……こういった総合的なサービスを、ペッパーを中心に、さまざまなデバイスとテクノロジーで築いていけるように、1つ1つ実現していきたいですね」
山本「介護現場には、入浴介助や深夜の見回りといった『実際的』な負担が多く残っています。テクノロジーで解決し得ることは、まだまだたくさんあると感じています。
『ペッパーにはなぜそういうことができないのか』。そんなフィードバックがあることからも、最終的には何でもこなすロボットを人が求めていることも肌感覚としてあります。
もちろんペッパーだけでなく、テクノロジーは日々進化していきます。その過程でロボットにできることが増える一方、「ここから先は人がやった方がいい」というロボットと人の境界線を社会はどこまで受け入れていくかも考えていく必要があるように思います。それは介護業界にだけいえることではありません。
それを受けて、さらに技術はどうのように進歩していくのか……。人とロボットが共生する未来では、ロボットは人に受け入れられないといけなし、人も変わっていかなければならないと思っています。ペッパーを通じて新しい『価値』を創造していきます」
介護現場におけるロボット導入には、課題が少なくない。しかし、人としてできること、ロボットとしてできることを今一度しっかり考えていった先に、人とロボットが共生できる時代は思うよりも早くやってくるのかもしれない。
プロフィールソフトバンクロボティクス株式会社
マーケティング統括
マーケティング本部
Humanoid事業部 部長
山本 力弥(やまもと りきや)氏
アクセンチュア株式会社にて製造業向けのコンサルティングに従事。Pepper(ペッパーくん)の発表に衝撃を受け、2014年にロボット業界に参画。人型ロボット事業の全事業領域(一般販売向けモデル、接客・集客向けモデル、介護向けモデル、教育向けモデル等)に関与し、サービス設計や商品企画、アフターサービス運営、ソリューション企画・開発、営業推進など広範囲の業務の現場責任者を経験。

株式会社ロゴス
ロボットアプリ開発部
グループ長
太田 悠(おおた ゆう)氏
株式会社リクルートにてソーシャルディレクターを経験した後、株式会社サイバーエージェントにて広告プランナーを経験。その後、自身の闘病をきっかけに地元長野県にUターンし、株式会社ロゴスにてロボットアプリ開発部を立ち上げる。Pepper(ペッパーくん)の発表当時から、その存在に注目し、医療・介護分野を中心に体験価値の高いアプリケーションの開発をプロデューサーとして手掛ける。現在は、デジタルサイネージ など、ロボット以外にも様々なDX文脈の施策に取り組み、チームを統括。

文:岡崎杏里
撮影:西山輝彦
ペッパーには性別がないという。
ペッパーを孫のようにかわいがる利用者の方からは、「ペッパーちゃん」だったり、「ペッパーくん」だったり、あるいは独自の名前で呼ばれているのだろう。そんなふうに一緒に生活をする方が、思い思いに“人物像”を思い描くことができることもまた、ペッパーの魅力のひとつなのではないだろうか。
ペッパーと触れ合える場所も
気軽に誰でもペッパーに会いにいける場所もある。「Pepper PARLOR」は、ペッパーを始めとするロボットたちがスタッフの一員として一緒に働いているカジュアルダイニングだ。
人とロボットが共生する、“ちょっと先の未来”が体験できると評判だ。

(写真提供:ソフトバンクロボティクス株式会社)
東京都渋谷区道玄坂1-2-3
東急プラザ渋谷 5階
Tel : 03-5422-3988
https://www.pepperparlor.com/
2023年1月取材時点の情報です