「ケアファーム」とは、農場が併設されている福祉施設のこと。2000年ごろから欧州を中心に急速に発展している。

年齢や障がいを越えて、農業やガーデニングを共に行う中で参加者一人一人の興味や希望、可能性に対して個人的な配慮がされたテーラーメイドのサービスが提供されているのだ。ケアファームという新しい福祉施設の形と日本の制度を融合させた「日本型ケアファーム」の普及を目指し、ケアファームの企画・開発・管理を行うケアファーム ジャパンを運営する 都市緑地株式会社 代表取締役 太田裕之氏にお話を伺った。

目次

  • 日本の制度の中で「日本型ケアファーム」をつくる
  • 「日本型ケアファーム」から世界を変えていく
  • 「みんなの介護 AWARD2023」甲信越部門1位、畑のある「ココファンガーテン新潟亀田」

日本の制度の中で「日本型ケアファーム」をつくる

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
提供写真
老人ホームは安心・安全だけを提供すればいいのか

ハイテク農業先進国と言われるオランダは福祉も非常に進んでおり、日本の九州程度の国土に1,500以上の「ケア(福祉)+ファーム(農場)」の“ケアファーム”があるという。しかし、まだ日本には「これがケアファームだ」と言えるものが、ほぼない。

なぜ、日本にケアファームを作ろうと考えたのか、ケアファームジャパンを運営している企画・開発・管理を行っている都市緑地株式会社 代表取締役太田氏に聞く。

太田

現在の日本の福祉に関する制度は、介護保険も医療保険も安心・安全に関しては非常に高度なものだと思っています。でも、「安心・安全だけでいいの?」という疑問がずっと自分の中にありました。

たとえば、安心・安全な高級老人ホームに入所したら、人は幸せなのでしょうか。ラクジュアリーな空間で優雅な時間を過ごすことが好きな人であればそれで満足するのかもしれませんが、少なくても自分は違うし、そうでない人もいるはずです。施設に入所したあとも、何をしてどんな生活をするのかという視点が抜け落ちているのではないかと。お金があっても金額や豪華な設備などだけに目を向けていて他の選択肢を知らないのです。

ドイツのあるグループホームの入居者は、認知症であっても一人で歩いて池へ釣りに行きます。万が一、池に落ちて亡くなる危険性があったとしても、好きな釣りに行く方が毎日が幸せだよねと、許容されているのです。

これは日本だったら絶対に許されません。頑張れば歩いてトイレに行ける入居者さんでさえ、転倒事故を恐れて車椅子に乗せてトイレに連れていく。

つまり施設側の事情で、本人が体力を維持する機会をなくしてしまっています。こういうシーンを目の当たりにしたときに、安心・安全以外にも大切なものがあると思ったのです。

同時に、すべてがそうとは言いませんが、障がい者雇用でも農福連携として障がい者を雇用し、農場に適しているとは思えない山林を切り開いて出荷先もない野菜を作り続けている。そんな形だけとも捉えられかねない障がい者雇用ビジネスがまかり通っている現状があります。

それで生きがいや社会との繋がりができるのでしょうか。

こういった高齢者の問題と障がい者の問題をともに解決できる糸口があったとしても、高齢者と障がい者に関する日本の法律は根っこの部分が全然違うため、関係者たちの横の繋がりも薄く、これまでほとんど交わってきませんでした。

私は高齢者や障がい者に必要なのは、安心・安全で温かい家と食べる食事があるだけとは思いません。日々の生活の中での人との関わりや生きがいが必要だと考えています。それを誰かの頑張りではなく、日本の制度の中で実施できると思ったのが「日本型ケアファーム」だったのです。

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
資料

「日本型ケアファーム」から世界を変えていく

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
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老人ホームは安心・安全だけを提供すればいいのか

太田

ケアファームが盛んな欧州、とくにその数が多いオランダに現地調査に行っても障がい者と高齢者の制度を上手く組みわせて運営しているところはありませんでした。

日本の制度の利用にこだわるのは、それがないとボランティア的な誰かの頑張りに依存する部分が出てきてしまいます。

それでもいいのかもしれませんが、欧州のようなボランティアや宗教的な奉仕の精神が薄い日本においては制度を使った仕組みが必要であると考えました。その部分を「日本型」といい、日本から世界を変えていこうという思いもあります。

「日本型ケアファーム」というのは、高齢者住宅がベースでそこに障がい者が働きに来ます。さらに、市民農園みたいな形にして市民も楽しみで参加します。運営している職員も同じところで仕事をして、お互いが頼りあって農園を中心にコミュニティを作っていきます。一部の人だけが頑張って、高い所まで汲み上げた水を下に流すことで流れが生まれるような仕組みではダメなのです。

日本の制度の中で仕組みを作って運営していくのが「日本型ケアファーム」なのです。

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
資料

たとえば、高齢者の福祉と障がい者の雇用に利する建物として、グリーンリースにより省エネになった分で家賃を割り増しする制度が利用できます。それを「持続可能性」を測る基準のESG(「Environmental(環境)」「Social(社会)」「Governance(ガバナンス)」)な建物として大企業に買い取ってもらい、その運営を私たちに任せてもらいます。

ほかにも、建材を工夫することで利用できる制度もあるし、制度以外の面でも現代の日本において土地の有効活用として投資効率がすごくいい。駅から離れていても、畑があれば田舎に行く理由、家族が田舎に来る理由ができます。後継者不足で荒廃する農地も救えるのです。

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
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1つ施設を作ったら終わりでなくて、私たちが日本型ケアファームのコンサルティングから完成したものの運営までを行い、それらを積み重ねて日本型ケアファームの数を増やしていければと思っています。

「みんなの介護 AWARD2023」甲信越部門1位、畑のある「ココファンガーテン新潟亀田」

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
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口コミも上々

太田

御社主催の「みんなの介護 AWARD2023」(全国5万2千以上の介護施設の中から老人ホーム検索サイト「みんなの介護」内で使用されている星評価と点数をもとに選考)の地域部門で、甲信越部門1位に輝いた「ココファンガーテン新潟亀田」さんは私が関わった施設の1つです。

障がい者の雇用や市民の参加までには繋がりませんでしたが、入居者さんのための畑が敷地内にあり、ご家族も一緒に畑を耕すイベントなどを開催しています。 ユーザーの口コミなどを拝見すると、ケアファームのような場の必要性を感じていただけるのではないでしょうか。

【口コミより一部抜粋】
・今回、入居予定の叔母さんと見学も兼ねてお邪魔したのですが、施設名がガーデンと銘打ってあるにふさわしい素晴らしい環境の施設でした。人それぞれですが、自然環境が良くまた家庭菜園も出来るという事なのでそれらの趣味がある人にとっては最適な施設ではないかと思いました。(投稿者:甥)
・希望すればガーデンとファームで簡単な作業に参加させて貰えるようなので、花好きの母は喜びそうです。(投稿者:娘)

ケアマネージャーたちも「日本型ケアファーム」の需要を感じている

太田

ケアファームの需要ということで、2022年2月に300人のケアマネージャーを対象にアンケートを行いました。「今、介護施設に何を期待するか」という質問に対して、「社会との交流・ボランティア」「動物とのふれあい」「野菜・土いじり」などが上位に挙がっていました。生活に対する価値観や社会的な繋がりに需要があると考えているケアマネージャーが非常に多かったのです。

一方で、残念なことにケアファームの存在をほとんどの方が知りませんでした。それでも、このアンケートによりケアファームを知ったケアマネージャーたちの多数がケアファームに「興味・感心がある」と答えくれました。この結果からも、潜在的な需要があるという手ごたえを感じています。

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
資料

「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す

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国土交通省の「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」に選定

2022年12月、国土交通省の「人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業」に「日本型ケアファーム普及のための地域・多世代交流の環境整備モデル事業」が選定され、埼玉県所沢市にて「狭山ヶ丘ケアファーマーズ」をスタートした。

この事業には太田氏がゼロから関わり、社会福祉法人皆成会光の園が所有する農場で、近隣の社会福祉法人桑の実会、社会福祉法人狭山公樹会、NPO法人つばさカフェ、募集した市民、高齢者住宅、こども園、障がい者施設などが繋がり、障がい者就労支援のコミュニティをつくる実証実験を行っている。

太田

「狭山ヶ丘ケアファーマーズ」では、畑の中で食事会を開催したり、近くのこども園の園児たちが種を混ぜた泥団子をばらまいてお花畑を作ります。

今の時代はネットを通じて好きな人だけで集まってしまう傾向がありますが、こうした活動から日本の課題の1つでもある多世代交流の断絶も回避できると考えています。

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
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ただ、いきなり農園に参加することにハードルを感じる人もいるはずです。そこで「デジ畑」というアプリを開発しました。畑の中に基地局を設置して、そこに複数のセンサーがあります。そのセンサーによって、今、畑に誰がいるかがわかるのです。

一般的な市民農園には、セミプロみたいな人から、子どもに土体験をさせたいといった若いパパやママなどさまざまな人が来ます。「ここがあなたの区画です」と言われて畑をあてがわれるだけでは、何から始めればいいのかわからないような初心者もいます。ベテランの人からしたら、雑草が放置されている畑が近くにあれば、自分の畑にまで害が及んでしまうと心配するあまり関係が悪くなるかもしれません。

しかし、「デジ畑」で私の会社の管理者や指導者がいるかどうかを確認して、来園してもらえれば、安心して参加しやすくなります。

今週は行けないので出来たナスを持って帰ってください、と言う人がいる。そうすると、自然にナスをもらったから雑草を抜いてあげようという人が出てくる。あるいは、そういう作業を障がい者に依頼したり、感謝を伝えるなど、参加者たちのコミュニケーションツールとなるのが「デジ畑」というアプリです。

さらに、畑にいる人たちがわかるので、子どもや高齢者の方の安全確保にも一役買っています。

ここで、問題解決のために私の会社の社員が声掛け役となって人を集めるような、誰かが頑張ってポンプを踏み続けるような運営では長続きはしません。コストも嵩んでしまうでしょう。

そのために何をすればいいのかを考えたときに、「デジ畑」の開発が必要だったのです。縦割りになっていた障がい者と高齢者の関わり方はお互い相手がわからないから、誰かが仲介して間に立ってあげなくてはいけない。その役割を「デジ畑」が担い、畑を中心としたコミュニティを市民農園も含めて形成していくのです。

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ホスピタリティ関連施設の仕事に約40年携わった自分にできること

ケアマネージャーに対するアンケートでも潜在的な需要を感じるも「ケアファーム」の認知度の低さを感じたという太田氏。認知度の向上も含めて今後の課題や展望についてはどのように考えているのだろうか。

太田

課題としては、とにかく認知度を上げていきたいし、日本におけるエビデンスも確立していきたいです。「日本型ケアファーム」は高齢者住宅ありきなので、建物を提供する側と施設に土地を提供する地主的な立場の両方の人たちに、「ケアファーム」のことを知ってもらわないといけないと思っています。

ケアファームは不動産ベースですから、土地を見つけて、企画を立てて、設計して、竣工となると1年半から2年は掛かります。さらに入居者さんに「ここは楽しい」と思ってもらうまでに半年から1年は掛かる。そうなると、最低でも最初の3年間は丸腰で頑張っていかなければなりません。

また、通常は設立までには数億円の投資が必要です。土地やお金を貸してくれる側も大手ならば手を挙げてくれるかもしれませんが、そうでないとかなり難しい。この現状をどう打破するのかが、今後、ケアファーム自体が日本で受け入れられるかどうかに繋がってくると思っています。

まずは短期的な展望として、あと3年で、最低でも5棟の「日本型ケアファーム」を作りたいですね。

私はホスピタリティ関連施設の仕事に約40年携わってきたなかで、ある程度の実績とキャリアを積んで成果を出せたと思っています。だからこそ今後は、「自分は何をすれば人のためになるのか」と真剣に考えました。充実した生活を送ることができる、その答えが社会と繋がってみんなが集まることができるような高齢者住宅提供だったのです。

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
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プロフィール

都市緑地株式会社
代表取締役
太田裕之(おおたやすゆき)氏

高齢者住宅の中に市民農園を作る 年齢や障がいを越えて「日本型ケアファーム」で多世代交流を目指す
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株式会社シスケア 創業者、株式会社学研ココファンHDに全株式を売却、学研グループに参画、株式会社学研ココファン 取締役などを経て、現職に。1986年の創業より、一貫して「ホスピタリティ」関連施設に携わる。認定コンストラクションマネージャー、一級建築士、一級建築施工管理技士。

編集後記

どんな人でも社会との繋がりと生きがいが持てる場として「日本型ケアファーム」が増え、将来的には“日本型”が世界に広がっていって欲しい。さまざまな事情で家族が離れ離れで暮らしていたとしても親子三代で集い畑を耕すなど、ケアファームは家族の絆を改めて繋いでくれる場にもなり得るのではないだろうか。

本記事の内容は、2023年11月取材時点の情報をもとにしています

文:岡崎杏里