「生産性を上げろ」。会議室でも居酒屋でもSNSでも、この言葉は正義のように振りかざされる。
17世紀、生産性という言葉は「効率」とはまるで関係がなかった。ラテン語のproducere(生み出す)を語源に持つこの言葉が指していたのは、土地が作物を豊かに実らせる力であり、芸術家が作品を生み出す創造力だった。数値で測るものではない。質の問題だった。
転機は産業革命である。蒸気機関と工場制度が広まると、生産の主役は自然の有機的なリズムから機械の正確なリズムに移った。アウトプットをインプットで割る。あの無味乾燥な数式が登場したのはこの時期だ。
20世紀初頭、アメリカの技術者フレデリック・テイラーが工場にストップウォッチを持ち込んだ。労働者の動作を秒単位で計測し、熟練工が経験と勘で行っていた作業を、誰でもできる単純動作にバラした。考える権利は管理者が独占し、労働者はただ命じられた通りに体を動かす存在に貶められた。
フーコーの言葉を借りれば、これは「従順な身体」を製造する装置だ。人間から主体性を奪い、交換可能な「リソース」として扱うための仕組み。「生産性」という美しい衣をまとった支配のテクノロジーである。我々が「生産性を上げよう」と口にするたび、この歴史が背後で作動している。
1日4時間しか働かない人々のほうが豊かだった人類学者マーシャル・サハリンズの研究は、生産性という信仰の足元を揺さぶる。カラハリ砂漠の狩猟採集民が食料獲得に費やしていた時間は、1日わずか3~4時間だった。残りは昼寝、おしゃべり、儀礼に充てられていた。欲望を低く保ち、余剰を持たないことで、少ない労働でも全ての欲求が満たされていた。
サハリンズが突きつけた問いは鋭い。「豊かさ」には二つの道がある。欲望を無限に膨らませて生産し続ける道と、欲望を有限に保ち足るを知る道だ。現代の我々が走り続けているのは前者である。自ら作り出した「無限の欠乏」を埋めるための終わりのないラットレース。走っている本人だけが、それを「生産的な人生」だと信じている。
「生産性がない」は「死んでいい」と同義であるこの概念がどれほど危険か、日本人は2018年に思い知らされたはずだ。衆議院議員の杉田水脈が「LGBTには生産性がない」と書いた。経済用語であるはずの言葉が、人間の生存価値を選別する尺度に化けた瞬間だった。
役に立つ命と、役に立たない命。この仕分けの論理は、ナチスの障害者安楽死計画と地続きだ。恐ろしいのは、この発言が一定の支持を集めたことである。
哲学者ビョンチョル・ハンの分析は、さらに深部を抉る。かつての労働者は他者から搾取された。だが現代人は自分で自分を搾取する。「もっとできるはず」という終わりのない自己最適化の果てに、魂が「もう無理だ」と崩壊する。バーンアウトとは単なる過労ではない。自由の名を借りた自己破壊だ。
生産性の呪縛を別の角度から暴くのが、リー・ヴィンセルらによる「メンテナーズ」の運動だ。現代社会はイノベーションやディスラプションを過剰に持ち上げる。起業家は英雄になり、新しいアプリを作った若者が雑誌の表紙を飾る。だが水道管を修理する人、電力網を保守する技術者、病棟を清掃する作業員、保育士、介護士——社会が崩壊しないよう日々支え続けている人々の仕事は「生産性が低い」とされ、賃金も敬意も与えられない。
生産性は「変化の速度」を評価する指標だ。新しいものを、いかに速く、いかに多く生み出したか。メンテナンスが評価するのは「持続の質」である。今あるものを壊さず、使い続けられるよう手入れすること。派手さはない。だがそれがなければ社会はたちまち止まる。
フェミニズム経済学が長年指摘してきた構造も、ここに重なる。家事、育児、介護といった再生産労働こそが、あらゆる生産活動の土台だ。会社で「生産性の高い」仕事ができるのは、誰かが朝食を作り、子どもを保育園に送り、老いた親の世話をしているからにほかならない。その労働はGDPに計上されず、「生産的」とはみなされない。生産性という指標は、自分を支えている足場そのものを見えなくする。
休むことは「分解」である——呪いを解くために歴史学者の藤原辰史は、生態系のメタファーで呪縛のさらに奥へ踏み込む。
人間にとっての「分解」とは何か。老いること。病むこと。眠ること。ぼんやり過ごすこと。生産性の観点からは無駄でしかない時間だ。藤原はそれを、精神を耕し文化を醸成する「発酵」の時間だと捉え直す。
メンテナンスの思想が「支える労働」の復権を求めるならば、分解の哲学は「何もしない時間」の復権を求めている。どちらも、生産性という単一の物差しでは測れない価値を、社会の中に取り戻そうとする試みだ。
生産性を全否定したいわけではない。
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