学習指導要領の改訂等に伴い、学校でも金融教育が盛んな昨今。「東証マネ部!」では、教員経験を持つ作家の乙武洋匡氏をレポーター役に、金融教育の最前線を追っていく。
今回着目したのは、子どもたちが家庭内で自営業を通して経済感覚を養う「ユニコーンラボ」。もともとはビジネスコンテストから生まれたこのアイデア、誕生の背景や現状について株式会社UNICORN PoPoの代表、永野天実氏に話を聞いた。
「ユニコーンラボ」の事業プランが生まれたきっかけ
乙武 家庭内のおこづかい制度を廃止して、子どもが自分で育てた野菜を親に売ることで対価を得る「ユニコーンラボ」ですが、発案者がまだ大学を卒業したばかりの若い起業家であることに驚いています。永野さんのご経歴を簡単にお聞きしてもいいですか?
永野 もともと私自身、子どもの頃からおこづかい制ではなく、自分で作ったお菓子を親に売ってお金をもらう生活をしていました。それでお菓子作りに目覚め、フランスへ製菓留学をしたいと考え始めた時に、ビジネスコンテストの募集があるのを知って、留学費用を稼ぐことができたらいいなと、アイデアをまとめたのが「ユニコーンラボ」の始まりです。

乙武 つまり、当初の目的はあくまでも留学で、金融教育が先にあったわけではないというのが面白いですよね。結果として、見事に最優秀賞を受賞するわけですが、留学から起業に舵を切ったのはなぜでしょう。
永野 すごく悩んだのですが、留学よりも「ユニコーンラボ」を実際に作りたいという気持ちが上回ったということですね。
乙武 なるほど。すると、「ユニコーンラボ」を開発するための初期費用も、賞金で賄うことができたと。
永野 そうですね。幸いなことに1000万円の賞金がいただけたので、これをそのまま開発費用にまわしました。
乙武 ビジコン優勝がなければ、こういう斬新な金融教育ツールが生まれることもなかったわけですから、人の運命というのはわからないものですよね。
永野 そもそもビジコンで優勝していなければ、起業しようという発想自体がなかったですからね(笑)。学生時代からお菓子作りの動画をYouTubeに上げて、インフルエンサー的な活動をしていたので、何事もなければおそらく動画編集の仕事に就いていたのではないかと思います。
乙武 それがこうして、2024年6月に発売するやいなや、100台があっという間に完売する大反響を得ました。
永野 これがお菓子であれば、ずっと作り続けるのは大変ですが、野菜の水耕栽培ならだいぶハードルが下がりますし、食卓でも安定的に需要があります。結果的にそれが子どもの収入源になるというのは、野菜ならではだと思います。
乙武 ちなみに、「ユニコーンラボ」では何種類くらいの野菜を育てられるんですか?
永野 一般的な葉物野菜であればたいてい対応可能で、いま「ユニコーンラボ」のアイテムショップでは20種類前後の種を販売しています。
乙武 ということは、アイデア次第なところもあるわけですね。ユーザー側が思わぬ野菜の栽培にこのキットを活用するケースもありそうです。
永野 そうなんですよ。私、このキットではミニトマトを育てることはできないと思い込んでいたのですが、栽培に成功しているお子さんがいると聞いて、見学に行かせていただいたことがあります。
乙武 ああ、やはり自由な発想で実際にやってみる子が現れるものなんですね。そういう自由度は大切だと思います。
現在も受注から1カ月待ちの大反響

乙武 それにしても、このキットを1から作り上げるのは大変だったでしょう。たとえば土台のワゴンや水耕栽培用の容器などは、どのように製造しているんですか?
永野 ワゴンは実は既製品で、現在はニトリさんと提携しています。水受けのプラスチック容器やカーテンは特注で、それぞれ最初は工場に直談判して試作していただくことから始めました。
乙武 その行動力が素晴らしい。ちなみにカーテンは色を選べるんですか?
永野 はい、ピンクとブルーの2色を用意しています。ユーザーの男女比が半々なので、なんとなくこの2色を均等に発注したのですが、意外と女の子でもブルーを好む子どもが多かったのは誤算でした。
乙武 女の子だからといって、ピンクを求めるわけじゃないんですね。まだ20代前半の永野さんの感覚とも、すでにいまの子どもの感覚と乖離があるというのは、ちょっと興味深いです。
永野 そうなんですよ。いまのランドセルの一番人気カラーがパープルと聞いて、すごく驚きました(笑)。
乙武 ちなみに初回生産分が瞬時に売り切れた「ユニコーンラボ」ですが、その後の量産は進んでいるんですか?
永野 まだまだ品薄で、いまも受注から1カ月待ちの状態が続いていますが、どうにか生産体制を整えたいと頑張っているところです。
乙武 一方でビジネスモデル的には、一度購入したお客さんからのリピートを見込みにくい側面がありますよね。そうそう故障する仕組みでもないでしょうし。
永野 それが、1台購入した方がもう1台買って“増築”するパターンも意外と多いんです。上のお子さんが使っているのを見て、下のお子さんも欲しがるケースもありますし。
乙武 なるほど、たしかにそういう波及効果はありそうですね。それに、経営的な目線で見れば、栽培する面積が大きくなってもそこまでコストは変わりませんから、より儲かることになります。小学校低学年くらいで自らそのロジックに気づく子がいるなら、将来有望ですよね。
永野 そういう自然な気づきのきっかけになれば、私も嬉しいです。

金融教育に必要なのは「知識」よりも「経験」
乙武 先ほど話題に出たアイテムショップもそうですが、「ユニコーンラボ」ではオンラインを活用して、ユーザー同士のコミュニケーションを促しているのも大きな特徴だと思います。実際には子ども同士でどのようなやり取りがされているのでしょうか。
永野 会員限定のスペースなので、わりと平和なやり取りが交わされていて、たとえば「サラダを100円で売ったよ」「え、うちは200円で売ったけど」「だったらうちも200円に値上げしよう」と、子ども同士で情報交換をしている様子はよく目にしますね。
乙武 まさに市場価格のように変動するんですね。そういえば「ユニコーンラボ」のホームページ上では、「おじいちゃんは相場より高く買ってくれる」とか、「酔っ払ってる時のお父さんは何でも買ってくれる」といった声が紹介されていて微笑ましかったです(笑)。
永野 そういうのもありますね(笑)。
乙武 たまに水を交換する程度の手間とはいえ、自分で植えて育てているわけですから、野菜に愛着が湧くでしょう。これが広まれば、もっと野菜好きな子どもが増える気がしますよ。
永野 そうですね。だからこそ、少しでも家庭に無理なく根付くよう、実証実験を通して様々な改良を加えました。
乙武 たとえばこの少しファンシーなデザインのカーテンは、栽培のために必要な工夫なんですか?
永野 これは機能面で必要なものではないのですが、LEDライトを照らすものなので、実証実験の際に「眩しい」という声をいくつかいただいて取り付けました。もっとも、1日の点灯時間が16時間なので、開けっ放しのまま朝起きてスイッチを入れて、寝る前に消す人も多いです。
乙武 なるほど、野菜のためではなく、むしろ人のための工夫なんだ。
永野 そうなんです。リビングに置く方が多いので、どうしても目に入りますからね。でも、カーテンを閉めたままにしておけば、ほこりが入りにくいというメリットもあります。

乙武 本当に、聞けば聞くほどよくできたツールですが、開発や実証実験を含め、ここまでの「ユニコーンラボ」の運用を通して、金融教育の必要性について永野さんはどうお考えですか。
永野 金融教育は早いほどいいと感じています。それも、授業や勉強としてではなく、経験として実践しなければ意味がないのではないかと思います。というのも、私の世代がみんな社会人1年目なので、知識はあっても経験がないことで壁にぶつかっている人がすごく多いんです。できるだけ早くから、社会と経済を経験し、そこに自分で工夫をするという体験を積んでおけば、もう少しスムーズに対応できるのではないかと。
乙武 なるほど。たしかに、社会において「知識」より「経験」が物を言うのは間違いないでしょうね。
永野 よく「社会は厳しい」と言われますが、挑戦することを体験的に知っておけば、社会はすごく楽しいものになると思います。もしも「ユニコーンラボ」がその一助になるなら、これほど幸いなことはありません。
乙武 まさしくその通りですね。「ユニコーンラボ」の今後の広がりと展開を、楽しみに見守りたいと思います。本日はありがとうございました。