日本の奨学金制度と聞くと、社会に出てから返済していく「貸与型」をイメージする人が多いだろう。実は、2020年度から高等教育の修学支援新制度が始まり、一部の学生を対象とした「給付型」の奨学金が設けられている。
さらに2025年4月から、多子世帯(子ども3人以上を扶養する世帯)を対象に、所得制限を設けずに大学や短期大学、専門学校などの授業料・入学金を支援する形で、制度が拡充される。多子世帯は学費が無料になる可能性があるというわけだ。
「ただし、注意点がある」と話すのは、「奨学金なるほど!相談所」を運営している奨学金アドバイザーの久米忠史さん。どのような点に注意が必要なのだろうか。これまでの日本の奨学金制度を振り返るとともに、新制度の内容について教えてもらった。
日本の奨学金は「貸与型」から「給付型」へ
「日本の奨学金制度は、戦中の1943年に大日本育英会が創設されたことで始まりました。戦局が悪化し、大学生も戦地に赴かなくてはならなくなったため、理系人材の育成がさらに重要になり、奨学金制度が必要だという議論が起こったようです。ただし、戦費調達の影響で国が財政難であったため、無利子の貸与型で始まったといわれています」(久米さん・以下同)
その後、1953年に日本育英会に名称変更され、奨学金事業を行っていたが、当時は教員になった場合に返済免除となる特別奨学金や半額を返済したら免除となる制度などが存在し、給付型の側面もあったという。
1970年代半ば頃から大学進学率が上昇し始め、進学資金需要が拡大したため、1984年に有利子の貸与型(第二種奨学金)も設けられた。その後、2004年からは日本学生支援機構(JASSO)が奨学金事業を引き継ぎ、今日まで続いている。
「日本の奨学金制度は『原則、無利子の貸与型』とされていますが、第二種奨学金の利用が増え続けています。この状況に変化が見え始めたのが2017年頃。それまでは成績基準を満たした学生のなかから、さらに選抜された学生のみが第一種奨学金を利用できましたが、以降は成績基準を満たしたすべての学生が第一種奨学金を利用できるようになりました」
第一種奨学金の成績基準は、新入生だと「高校の成績が3.5以上(専門学校は3.2以上、住民税非課税世帯は成績免除)」、在学生だと「所属する学部(学科)の上位3分の1以内」と定められている。
そして、2020年には高等教育の修学支援新制度が設けられ、給付型奨学金が本格的にスタートする。
「高等教育の修学支援新制度は、給付型奨学金と入学金・授業料の減免がセットになった制度です。成績や家計に関する要件が定められていて、世帯年収に応じて支援割合が変化する仕組みになっています」
●高等教育の修学支援新制度の成績に関する要件
(1)成績3.5以上の人
(2)学修意欲のある人
上記のいずれかに該当すること
●高等教育の修学支援新制度の家計に関する要件
(1)住民税非課税世帯
(2)それに準ずる世帯
(3)中間所得層(条件付き)
●高等教育の修学支援新制度の支援割合(4人世帯/進学前に申し込む場合)


高等教育の修学支援新制度は、世帯年収によって支援割合が段階的に変化する。
2024年度から第Ⅳ区分が設けられ、高等教育の修学支援新制度を活用できる家庭も増えただろう。さらに、2025年4月からは多子世帯に対する支援が拡充される。
多子世帯は「授業料・入学金」が満額減免される
「2025年度から、多子世帯に関しては所得制限を設けず、授業料・入学金の満額減免支援を受けられることになります。国立大学のほとんどが実質的に学費無料となり、私立大学でも入学金26万円、年間の授業料70万円が減額されることになります」
●2025年度以降の多子世帯への授業料等減免上限(年額)


多子世帯に関しては、収入に関係なく授業料・入学金が満額支援となる。
「所得制限がなくなったからといって、多子世帯であれば自動的に支援を受けられるわけではありません。JASSOに給付型奨学金の申請をして初めて支援を受けられるので、3人以上の子どもを扶養している家庭で子どもが大学や専門学校に進学する際は、忘れずに申請を行いましょう」
高等教育の修学支援新制度を利用するには、実はもうひとつの要件があるという。
「成績要件、家計要件に加え、資産要件が設けられています。2025年度からの資産要件は第Ⅰ~第Ⅳ区分で5000万円未満、区分超過の多子世帯においては3億円未満となります。ただ、資産の対象は預貯金や有価証券など、すぐ現金化できるものに限られ、不動産などは含まれないので、要件から外れてしまう家庭は少ないでしょう」
満額減免支援の条件は「子ども3人以上を扶養」
申請が必要であることや資産要件も高等教育の修学支援新制度を利用する際のポイントといえるが、もっと重要な注意点があるとのこと。
「多子世帯とは、『子ども3人以上を扶養している世帯』のことです。
文部科学省は多子世帯への支援を発表した際、「子どもが何人いても、すべての世帯で大学の授業料などの負担を最大2人分までにする制度」と話していた。まさに久米さんが話してくれた通りであり、すべての子どもの授業料・入学金を支援するものではない。
「ただ、少し難しいのが、多子であることを判定するタイミングがリアルタイムではないという点です。3人兄弟の一番上の子が2025年3月に大学を卒業して就職し、2番目の子が2025年4月に大学に進学する場合、4月から多子世帯ではなくなるため、2番目の子は満額減免支援を受けられなくなるはずですが、実際は1年半程度支援を受けられるのです」
なぜ、1年半のタイムラグが生まれるのか。その理由は、多子世帯の判断材料となるのが住民税情報だからだという。
「多子世帯であることの判定は住民税情報をもとに行われますが、住民税は年収などが確定してから導き出されるものなので、年度のズレが生じます。そのため、上の子が扶養から外れても、1年半程度は多子世帯と判定されるのです。上の子が就職したから支援は受けられないと諦めず、JASSOに申請してみると、意外と支援を受けられたりするものです」
たとえ多子世帯ではなくなったとしても、第Ⅰ~第Ⅳ区分に該当していれば、これまで通り給付型奨学金や授業料・入学金の減免を受けることができる。要件に当てはまるようであれば、JASSOに申請してみよう。
年々、拡充してきている高等教育の修学支援新制度。子どもがやりたいことを応援するためにも、制度内容などをしっかりチェックしておくとよさそうだ。
(取材・文/有竹亮介)