1.3兆円の「日本株」運用を世界から託された人間の真髄、ゴー...の画像はこちら >>


米国株や全世界株への投資が話題になる中、「日本株の魅力」はどこにあるのか。これから期待できる国内の産業や投資テーマはあるのか。

こうした質問を“日本株のスペシャリスト”にぶつける連載「ニッポン、新時代」。今回お話を聞いたのは、ゴールドマン・サックス・アセット・マネジメント 株式運用部長 マネージング・ディレクターの小菅一郎氏だ。

世界に名だたる金融の一大グループの資産運用部門で日本株運用の責任者を務める小菅氏。自身が運用に関わる資産の総額は1兆3000億円を超える。こうしたプロフィールから、取材前はどこか近寄りがたい人物像を想定していた。しかし目の前に現れた当人は、ひとことで言えば謙虚。投資においても、つねに自分の意見が正しいかを疑い、あえて異なる見解に触れる。なぜその姿勢を貫くのかと尋ねれば、「絶対的に正しい一人の意見は存在しない、それが投資の世界だからです」と穏やかに語る。小菅氏の信念に迫った。

海外から日本へ「選択的投資」が行われている

1.3兆円の「日本株」運用を世界から託された人間の真髄、ゴールドマン・サックスAM・小菅一郎氏の流儀


2023年、日本株は大きく上昇した。その要因を分析する際、「日本市場に対する海外投資家の注目度の高まり」を挙げる声がよく聞かれたことを覚えているだろうか。

実際に世界中の投資家と相対し、担当するファンドの預かり資産の半分近くが海外である小菅氏も、その見解に同調する。「世界から見て、日本株への注目度は以前より増しています」と話す。



「10年前、20年前は、もはや日本株が選択肢に挙がらない状況でしたが、近年はようやく他国に並ぶ投資対象になってきました。理由として、ここ10年で日本の上場企業全体では年率10%ほどの利益成長が実現されており、株価も伸長しているためです。ただし、海外投資家は日本市場全体に投資するのではなく、著しい“変化”が見られる日本企業を厳選して、選択的な投資をしていますね」

とりわけ海外投資家が注視しているのは、「経営に変化が起きた日本企業」だ。日本では近年、コーポレートガバナンス改革や、東証の市場改革が進められてきた。「この流れと向き合い、真摯に経営改革を実行している企業は成長しているケースが見られます。多くの海外投資家は、そうした企業をターゲットにしていますね」。

こうした中で、日本市場の「見通しは明るい」と小菅氏。なぜなら、上述のような経営改革に取り組む企業が増えているからだ。「国内でさまざまな好事例が発信され、その情報をキャッチした他社が同様の施策に着手しています」。このサイクルはまだ続いていくと考えている。

この乱高下で投資家は何をすべきか

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日本株を投資対象とした投資信託のポートフォリオ・マネジャーを務める小菅氏。その1つである「GS ・日本株ファンド(自動けいぞく)」では、成長性、経営陣の質、株価水準という、主に3つの視点から銘柄選定を行っている。

2020年末に1万9668円だった同ファンドの基準価額は、2024年末に3万1563円へと上昇。

日本市場自体が伸びていたという前提はあるが、堅調な成績を残している。

先述したように、このファンドの特徴は成長性のある銘柄を見つけることだ。どのように探すのか。まず前提として、企業には短期的成長と長期的成長があり、「株式投資の観点では長期的成長を重視しなければなりません」と話す。

「株価とは、簡潔に言えばEPS(1株あたり純利益)とPER(株価収益率)の掛け合わせで形成されると考えています。このうち、EPSは企業の短期間の利益で上昇しますが、PERの向上には長期的な業績の成長が必要です。だからこそ、企業の業績が何%上がるかだけでなく、その成長が“何年続くか”という視点が重要になります」

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企業のROE(自己資本利益率)に目を配ることも大切だ。「利益を上げただけでは株価につながらないケースも珍しくありません。少ない自己資本でどれだけ効率的に利益を上げられたか、それを示すROEが上がると株価につながりやすいのです」。

もう1つ、企業の成長性を見極めるためには「経営陣」もポイントになるという。「経営陣が成長への意欲を持ち、そのためのアクションを取っているか。ここがなければ、もちろん企業が伸びることはできません。

M&Aや設備投資、人材投資、研究開発への注力など、実際の行動に表れているかが大切です」。

こうした情報は、各社の中期経営計画からも得られるという。数年後までにどのような数字を目指し、そのために何をするか、企業の戦略が事細かに書かれている。その内容をもとに、経営陣の成長意欲と、それに対する具体的なアクションを精査するのが1つの方法だと話す。

なお、トランプ政権になってから、関税をはじめ、市場の外部環境が日々大きく変化している。こうした状況下では企業の舵取りが難しく、それを担う経営陣の重要性が高まると小菅氏は付け加える。

舵取りが難しいのは投資家も同じだ。海の向こうから日々伝わるニュースによって、市場ではたびたび乱高下が起きた。「不測の事態が起きた時、心理的な変化が生まれるのは一般の投資家だけではありません。私たちプロも同様です」。では、その“波”にどう対応すれば良いのか。

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小菅氏は、まず不測の事態に備えて「日頃から分散投資を徹底すること」と話す。

「銘柄の分散はもちろん、投資タイミングを一時に集中させない、つまり時間的な分散も重要です。何より避けなければならないのは、こうした一時的な乱高下で投資自体をやめてしまうことです」。

その上で、小菅氏は乱高下が起きた際、状況を数字に落とし込むことで冷静な判断につなげるという。「関税政策であれば、実際にその政策が企業の業績にどれだけの影響を与えるか、専門家を交えて具体的な数値を計算します。そして、その数値と現在の株価を比較し、市場の反応が過剰なのか、あるいは妥当かを確認しますね」。数字に落とし込むことで、実態が少しずつ明らかになり、感情的な思考を避けられるという。

これはプロならではの対処法と言えそうだが、もう1つ、小菅氏が乱高下の際に実践する行動がある。「多様な意見に触れる」ことだ。

「予期せぬ事態が起きると、どうしても自分が望む内容のニュースばかり見てしまいますよね。都合の悪い情報に蓋をするのではなく、そういう時こそ、あえて自分の頭にない意見を吸収しています。いろいろなシナリオを想定できるからです」

チームづくりの秘訣は「徹底した議論」

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総額1兆3000億円以上の資産運用に関わる小菅氏(※投資信託以外も含む)。ポートフォリオ・マネジャーとしての強みを尋ねると、「私個人ではなく、当社の日本株運用チームそのものが強みです」と笑顔で伝える。



小菅氏が率いる日本株運用チームは、10名弱のメンバーが所属し、それぞれが企業リサーチを重ねて投資候補をピックアップする。そうしてチームで毎日議論を行い、最終的な投資判断を決定する。「こうしたボトムアップ型の運用が特徴です」と話す。

チーム作りにもコツがある。各メンバーは特定のセクター(業種や分野)を専門としているが、チーム全体で異なるセクターを担当するメンバーが集まり、議論を重ねることを重視している。多様な意見を取り入れることで、投資家の視点を養い、幅広いセクターに対する視野を広げることができ、投資判断に活かすことができる。

「私たちは、それぞれが担当セクターを持ちながら、それ以外の領域もアクティブに議論できる体制を整えてきました。全員参加で意見を述べられるのが強みです。会社の人事評価でも、議論への参加を重視していますね」

なぜ議論を大切にするのか。そう聞くと、小菅氏のやさしい表情に少しだけ力が加わった。

「投資において、絶対的に正しい一人の意見は存在しないからです。おおむね正しいことを言っている人がいたとしても、何から何まで100%正解ということはあり得ません。

どこかに間違いが存在します。だからこそ、いろいろな人と議論して、自分とは違う考え方を知る。その積み重ねにより、チーム全体で間違いを減らしていくことが大切なのです」

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小菅氏も、他のメンバーの考えや、自分と異なる意見を積極的に聞いていくという。その会話こそが「何より楽しいんです」と漏らす。

同社の海外メンバーとのコミュニケーションも欠かさない。アメリカの関税政策やそれに対する他国の動きはどうなのか。同じセクターでも、国が変わるとどのような実情なのか。現地目線の情報を得るという。

「国内にいると、つい日本企業のネガティブな面ばかり目につくことが多いのではないでしょうか。しかし、海外で話をすると、外国人から日本企業の魅力や可能性を力説されることも少なくありません。ぜひ国内からも、頑張っている日本企業にもっと目を向けてもらえたらうれしいですね」

取材を通して印象に残ったのは、「自分の考えがすべてではない」という小菅氏の強い思考だ。だからこそ、あえて異なる意見に触れる――。言葉にすればシンプルだが、実践するのは簡単ではない。それを厭わずやり続ける姿に、世界の投資家から日本株運用を託された人間の真髄が詰まっている。

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(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

※記事の内容は2025年6月現在の情報です

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