市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回取り上げるテーマは、訪日外国人旅行者を意味する「インバウンド」。
外国人に人気の観光地のひとつといえば、東京・浅草。浅草寺周辺は外国人観光客の姿が目立つが、台東区が公開している「令和6年 台東区観光統計・マーケティング分析」によると、令和6年(2024年)の年間観光客数4121万人のうち、外国人観光客数は640万人と推計されるという。
伝統文化を体感できる場所として盛り上がりを見せている一方で、オーバーツーリズムに伴う問題も表面化してきている。そこで、台東区観光課長の横倉亨さん、同課の弓良昌史さんに課題解決に向けた取り組みについて聞いた。
浮世絵風のイラストを用いて観光マナー啓発を推進

浅草を訪れる外国人観光客は、以前から増加傾向にあったという。前出の「令和5年 台東区観光統計・マーケティング分析」を見ると、年間外国人観光客数は平成20年には191万人だったが、平成22年に413万人に増え、平成30年には953万人に達していた。当時と比べると現在のほうが少ないが、コロナ禍前後で街が変化し、以前よりも外国人が楽しみやすい場になっているという。
「浅草に限った話ではないと思いますが、コロナ禍で閉じてしまった飲食店がいくつもありました。その後、インバウンド増加に注目した大手資本や外国資本の企業が空き店舗に入り、外国人観光客向けの商売が増えてきた部分があります。そのため、以前よりも外国人の方々が訪れやすくなっているのかもしれません」(横倉さん)

その結果というわけではないが、外国人観光客が増えたことによって、地域住民からさまざまな意見が届くようになったそう。
「定期的に台東区民の意識調査を行っているのですが、観光客の受け入れに関して『好ましい』と感じている人の割合が、わずかに低下しているところがあります。外国人観光客が増えることで街にごみが散乱する、夜遅くまで騒音が響く、一般道まで入店待ちの行列が伸びて歩行の障害になるといった問題が生じ、住民のストレスが増していることが読み取れたので、対策に向けて動き出しました」(横倉さん)
台東区は、観光庁が実施している「オーバーツーリズムの未然防止・抑制による持続可能な観光推進事業」に手を挙げ、区の施策に民間事業者の専門性や独自性を取り入れて、より効果的な事業を展開するため、事業者を公募型プロポーザルで選定し、浅草地区をモデルケースに「持続可能な観光地づくり事業」としてオーバーツーリズムの未然防止対策に乗り出した。その取り組みのひとつが、観光マナー啓発だ。
「まずは、企画全体に統一感を持たせる共通デザインを採用し、プロモーション推進を図るため、江戸時代からの歴史と文化が続く浅草らしく『DO IT!(やろう!)』と呼びかけるべく、『EDO IT!』というスローガンを掲げ、浅草地域を浮世絵風に表現したビジュアルとともに推進していくことにしました」(横倉さん)

もともと外国人観光客向けに制作した観光マナーリーフレットが存在したが、その内容を見直し、浮世絵風のイラストを加えて刷新。英語・中国語・韓国語にも翻訳し、浅草地区の店舗などで配っている。

観光マナーリーフレットの内面。台東区公式観光情報サイト「TAITOおでかけナビ」からダウンロードも可能。
「さまざまな店舗に無料で配布したところ、『お店でもマナーの掲示をしたい』といったご意見をいただいたので、項目ごとに拡大し、ラミネート加工してお配りするという取り組みも始めました。店舗によって伝えたいマナーは異なりますし、掲示していただくことでより伝わりやすくなると考えています」(弓良さん)

「海外と日本では、そもそもの文化や生活習慣が異なるので、外国人観光客の方々に日本の文化を知ってもらうことが先決だと考えています。そのための第一歩として、リーフレットや掲示物を制作しました」(横倉さん)
多角的に推進している「ごみのポイ捨て防止」

観光マナー啓発の一環で、ごみのポイ捨てを防止する取り組みも実施。2024年12月から2025年1月にかけて、主に外国人観光客を対象に持ち帰り用ごみ袋を配布した。
「ごみ袋自体がポイ捨てされてしまう可能性もありましたが、2カ月間で約8000個を配布し、道端に落ちていたとの報告はありませんでした。ごみの減少につながったかという点は、検証を進めているところです」(横倉さん)
同じ期間に、侍や忍者などのコスチュームに身を包んだスタッフがごみ箱を持って巡回し、ごみのポイ捨て禁止啓発を行う取り組みも実施した。

ごみのポイ捨て禁止啓発活動の様子。
「歴史を感じさせるコスチュームは外国人観光客の方々の興味を引いたようで、記念撮影を求められることも多くありました。
さらに、12月と1月に1回ずつ、ごみ拾いイベント「清走中」も開催。参加者は日本人のみとなったが、ゲーム性のあるイベントで地域の美化を推進した。
ポイ捨て防止の取り組みをきっかけに、ポイ捨てされたごみの種類や捨てられている場所の分類・分析も進め始めている。
「ごみとして捨てられやすいものや捨てられやすい場所を客観的なデータとして明確にすることで、その物を販売している店舗や場所を管理している会社にお声掛けした際に、実情をご理解していただきやすくなると考えています。また、ポイ捨ての解決策を一緒に考えたり、ごみ拾いイベントなどに協力していただいたり、チームを組んで対応していけるという期待もあります」(横倉さん)
観光客と地域住民の「悩み」を解消する役割

外国人観光客や地域住民の悩みの解消にも動き出している。そのひとつが、2024年11月に公開した「トイレ・公衆喫煙所マップ」。
トイレ・公衆喫煙所マップ

「トイレ・公衆喫煙所マップ」の表示イメージ。日本語・英語・中国語・韓国語に対応。
「地域の方々から『トイレや喫煙所の場所を聞かれることが多い』といったご意見がありましたので、浅草地域の公衆トイレ・公衆喫煙所・給水スポットを示したマップを制作し、インターネット上で公開しました。サイトにアクセスできるURL・QRコードを記載したスタンドやカードなども製作して各店舗に配布し、ご案内の際に活用していただいています」(弓良さん)
もうひとつの悩み解消につながる取り組みが、「店頭行列の緩和実験」。順番受付サービを活用し、人気店の行列を解消する実験を行った。
「予約制にすることで行列が解消し、歩行者の通路が確保され、近隣の店舗に迷惑をかけることもなくなります。
「今回の実験は1店舗のみでの実施となりましたが、説明会にはたくさんの事業者さんが参加してくださったので、事例を積み重ねながら、展開していけたらと思っています。実験からわかった効果もありました。予約制にしたほうが、キャンセル率が下がるという点です。これまでは30分並んだ末に『もういいか』と帰ってしまう人がいましたが、予約すれば40分後にすぐ買えるというシステムであれば、『もういいか』がなくなるんですよね。この効果をきちんと伝えていきたいです」(横倉さん)

2024年度の取り組みを受けて、台東区は2025年度の施策に動き出している。
「昨年度は主に浅草地域で進めたので、今年度は上野地域にも拡大していこうと思っています。また、年末年始に行ったごみ拾いイベント『清走中』は日本の方のみの参加でしたが、今年度は外国人観光客の方にも参加していただける事業を展開したいと考えています」(弓良さん)
「今後も関係団体と連携しながら、持続可能な観光地づくりを進めていきたいと思っています。行政だけでは難しい部分もうまく補い合うことが、円滑に進めるコツだと感じています。そして、いずれは地域と連携しながら取り組みが進んでいく形になることが理想です。そのために、いまは種を蒔いているところです」(横倉さん)
地域の特性を活かし、観光客や地域住民に楽しんでもらいながらマナーを伝える取り組みを進めている台東区。日本を代表する観光地として、ひとつのモデルケースとなるかもしれない。

(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)