市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回取り上げるテーマは、訪日外国人旅行者を意味する「インバウンド」。
インバウンドは日本の観光産業を支える大きな要になると同時に、負の影響をもたらす存在にもなるという側面がある。その代表例が、オーバーツーリズムによる交通渋滞の発生や騒音・ゴミ問題だ。
合掌造りの家屋が印象的な世界遺産の村・白川郷では、オーバーツーリズムによる課題にいち早く向き合い、「レスポンシブル・ツーリズム(責任ある観光)」を掲げて取り組みを進めている。具体的な施策や効果について、白川村観光振興課の小瀬智之さんに聞いた。
旅行者の「責任」をきちんと伝えることの大切さ
白川郷を訪れるインバウンドが急増し始めたのが、2016年頃のこと。2015年に観光客全体の15%だったところから、2016年には30%に跳ね上がったという。2024年には53%と、初めてインバウンドが国内観光客を上回った。
「その頃から交通渋滞や騒音、ゴミの問題が話題に挙がることが増えました。白川郷は観光名所として認知していただいていますが、昔の生活を受け継いだ方々が生活されている居住地なので、地域の方々と観光客の方々との間に摩擦が生じ、課題が顕在化しやすかったのかもしれません」(小瀬さん・以下同)

最初に取り組んだのは、インバウンドに向けたマナー啓発。「漫画で読む白川郷マナーガイド」と題し、白川郷観光を安全かつ快適に楽しむヒントを盛り込んだ4コマ漫画を制作し、英語・中国語・フランス語にも訳して白川村のホームページで公開した。
漫画で読む白川郷マナーガイド https://www.vill.shirakawa.lg.jp/2204.htm

「この『マナーガイド』は、白川郷観光協会青年部と合掌民宿の若女将が主体となって進められた施策でした。
2018年には、ひと目見ただけで内容が伝わるピクトグラムを用いた看板を作成し、村内に設置する活動も行った。村の景観にマッチするデザインや色彩にこだわったそう。

インバウンドにも禁止事項をわかりやすく伝えるための公式ピクトグラム。
「ただ、その後すぐにコロナ禍になり、効果を見定められない状況だったんです。海外渡航が再開された頃、アフターコロナを見据えて、モニターツアーに参加された海外の方々に感想をいただきました。そこで出てきたのが、『注意喚起の看板を見るとうんざりした。ダメな理由をちゃんと伝えてほしい』という意見でした。確かに、『あれもダメ、これもダメ』と言うだけでは、子どものワガママと同じだと気付かされましたね」
外国人観光客の意見を受け、国内外の観光地で行われている取り組みを調べたところ、ハワイで推進されていた「レスポンシブル・ツーリズム」という考え方を見つけた。
「レスポンシブル・ツーリズム」とは、観光に関わるすべての人が地域の環境・文化・経済社会に影響を与えることを自覚し、責任を持つべきであるという考え方で、そこには旅行者も含まれる。ハワイではビーチクリーン活動や地域の文化イベントへの参加、マイボトルやエコバッグの持参などが推奨されている。
「白川郷でも『レスポンシブル・ツーリズム』を取り入れ、発信したほうがいいのではないかという話になり、2023年から村が主体となって本格的に取り組み始めました。まずは、持続可能な観光地づくりを意識して特に実践していただきたい観光マナーを5つに絞り、『白川郷 観光&マナーブック』というリーフレットの作成・配布を開始しました。
白川郷レスポンシブル・ツーリズムサイト https://www.vill.shirakawa.lg.jp/srt/

白川郷で伝えている観光マナーは、「指定駐車場をご利用ください」「火の取り扱いは厳禁です」「ゴミは思い出とお持ち帰りください」「宿泊客を除く夜の観光を受け入れていません」「ドローンは禁止となります」の5つ。認知は少しずつ広まってきているようだ。
「目に見える変化があったわけではありませんが、夜間に白川郷に到着された方からの『どこに駐車したらいいですか?』といった問い合わせが減るなど、一定の効果は出ているように感じます。また、住民の方々から『リーフレットやウェブサイトができたことで、観光客にマナーを伝える際に説明しやすくなった』といった評価をいただいています」
交通渋滞緩和を目指した「交通情報サイト」
2024年には、白川郷周辺の交通状況を事前に確認できる情報サイト「白川郷すんなり旅ガイド シラカワ・ゴーイング(SHIRAKAWA-Going)」も開設。
白川郷すんなり旅ガイド シラカワ・ゴーイング(SHIRAKAWA-Going) https://shirakawa-going.jp/

サイト内には、この先3カ月分の駐車場の混雑予想をまとめた「混雑予想カレンダー」や、白川郷周辺の道路や駐車場の状況をリアルタイムで届けてくれる「交通ライブカメラ」、白川郷につながる道路の規制状況を掲載した「各道路の交通規制状況」などが用意されている。
「白川郷の駐車場につながる道路が1本しかないこともあり、駐車場待ちの車で渋滞が起こって、住民の通勤や移動に支障をきたしていました。ただ、地理的にも費用的にも道路を新設することは難しく、駐車場を増やすとさらに集落が混雑してしまう可能性があったため、一度情報を丁寧に発信してみようという判断に至りました」

集落に向かう国道(写真左)から白川郷インター出口(写真右下)のなかまで渋滞が延びている様子。
それまでは観光協会のSNSなどを通じて渋滞情報などを発信していたが、情報が分散してしまうため、観光客に届きづらかった。サイトを設けることで情報が集約するだけでなく、紙媒体やSNSなどにQRコードやリンクを貼り、誘導しやすくなったという。
「白川村を訪れたまたは訪れる予定の旅行者の方々に、2024年12月から2025年1月にかけて実施したアンケートでは、92%の方が『白川郷に行くときには、シラカワ・ゴーイングを参考にしたい』と回答されました。認知度が上がってきていると感じます。ただし、日本語版サイトのアクセスが累計28万回を超えている一方、英語版や中国語版はそれぞれ1万回弱にとどまっています。インバウンドの皆様の認知がカギになるので、訪日外国人向け観光情報サービス『LIVE JAPAN PERFECT GUIDE TOKYO』などと提携し、情報発信を行っていきたいと考えています」
乗り出し始めた「経済的な対策」と「規制」
ことし3月には、新たな発表も行った。
「オーバーツーリズム対策として『情報発信』『規制』に加え、『経済的な対策』も検討していくなかで、駐車場料金の改定に至りました。実は、観光客の車が住民の駐車場に停められてしまうトラブルがあったので、ことしのゴールデンウィークに役場からカラーコーンやコーンバーを貸し出し、住民の方々に自衛していただいたんです。この取り組みが成功したので、継続に伴う備品購入や交通整理員の追加配置など、オーバーツーリズム対策に必要な費用を確保するため、駐車場料金の改定に踏み切りました」
オーバーツーリズム対策のひとつ「規制」の部分では、ツアーバスの駐車場利用を予約制にする案が出ているという。バスの入れ込みを管理することで、集落内の混雑緩和や駐車スペースの有効活用につながるからだ。
「予約制に関しては、冬の風物詩である白川郷ライトアップイベントで既に実施しています。駐車場の事前予約に加えて、駐車場で配布されるチケットを持った方だけが集落に入れる仕組みにしたところ、無断駐車や混雑が大幅に改善されました。このような経験を積み、将来的には常に予約制で対応できる体制を視野に、効果的な対策を検討していきたいと考えています」
オーバーツーリズムに対応するべく、さまざまな施策に積極的に取り組んでいる白川村。いま直面している課題は「人手不足」だという。
「人手が足りないので、デジタルに頼るのは必然だと考えています。
いち早くオーバーツーリズム対策に動き出した白川村も、試行錯誤しながら進めているところ。日本人である僕らが「レスポンシブル・ツーリズム」を実践していくことが、重要な一歩となるだろう。
(取材・文/有竹亮介)