「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らない...の画像はこちら >>


投資をするうえで重要な企業の“決算書”。これは「会計」の枠組みの中で作られているものです。

一方、会計と似た言葉に「ファイナンス」がありますが、2つはどう違うのでしょうか。そもそもファイナンスとは、いったい何なのでしょう。

取材を通してお金にまつわる学問を深掘りする本連載。今回はファイナンスについて、シリーズ累計20万部超という“ファイナンス本”では異例のヒットを記録した『ざっくり分かるファイナンス 経営センスを磨くための財務』(光文社新書)の著者・石野雄一氏に話を聞きました。

「黒字倒産」にもつながる、会計とファイナンスの差

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


――会計とファイナンス、2つの言葉を聞いたことはあるものの、その違いは正直なところよくわかっていません。ぜひ詳しく伺えればと思います。

石野 会計とファイナンスの違いは、まず「時間軸」にあります。会計は企業における“過去”の業績を示すものであり、決算書も一定期間における過去の数字ですよね。一方、ファイナンスは“未来”を対象にしたものであり、企業が将来生み出すキャッシュフローを扱います。キャッシュフローについては、後ほど詳しく説明しましょう。

もう1つの大きな違いは、“利益”を扱うか“現金”を扱うかです。会計が見ているのは利益です。企業が商品を売ったとして、その売り上げからコスト・費用を差し引いた金額が利益ですよね。



一方、ファイナンスは現金(キャッシュ)の動きを見ていきます。現金がどれだけ入り(=現金収入:キャッシュイン)、またどれだけ出ていったか(=現金支出:キャッシュアウト)を追っていく。企業活動によって生まれる現金の流れ・収支を扱うのがファイナンスです。先ほど話したキャッシュフローとは、まさしくこの「現金の流れ」「現金収支」を意味します。

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


――まとめると、会計は「過去の利益」を、ファイナンスは「未来の現金」を対象にするものだと。

石野 そうですね。この話に関係するのが「黒字倒産」です。字面から想像する通り、黒字でありながら、つまり会計上の利益を出していながら倒産することです。なぜこのような事態が起きるのでしょうか。

理由は会計の仕組みにあります。会計では、商品などを販売した時点で売り上げや費用が認識され、決算書などに利益として記されます。まだその売り上げが現金で会社に入っていなくても……です。



商品が売れても、すぐに現金で売り上げが入るとは限りません。ですから、利益があっても会社に現金がない状態は起き得ます。その状況が続くと黒字倒産に追い込まれるのです。

――利益がありながら現金が枯渇し、経営が続かなくなると……

石野 ここから言えるのは「利益は実体がない」ということです。現金という“実物”がないバーチャルな数字とも捉えられるでしょう。だからこそ、会計はその内実まで見なければなりません。会計とファイナンスの違いを考える際に重要なポイントではないでしょうか。

「ファイナンス出身の社長」が多い理由

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


――会計とファイナンスの違いはわかりました。そのうえで、ファイナンスはどういう場面で使うものなのでしょう?

石野 企業で言うならば、一つひとつの投資が将来どれだけの現金を生み出すかを予測するのがファイナンスです。仮にA・B・Cという3つの選択肢があったとして、どれを選べば将来の現金がもっとも多くなるかを考える。

企業買収や設備投資が良い例です。買収先の会社や新たに作る設備が将来生み出すキャッシュフローを予測して、投資判断を行う。その手段としてファイナンスがあるのです。

企業の意思決定を支えるものなんですね。

具体的に言うと、たとえばA社という企業を買収する場合、A社が将来生み出すキャッシュフローを予測し、それをもとに企業の“価値”を算出します。そのうえで、実際にA社を買収する際に必要な価格と比較する。もしもA社の買収価格が“価値”を下回っていれば割安ですし、その逆なら見送るでしょう。企業の財務部門、経営企画部門はこういったことを行っています。

――まさに企業の意思決定を支える役割だと。

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


石野 ですから、特に海外では財務部門のリーダーであるCFO(最高財務責任者)が次の社長になるケースが多いんですね。会社としてどこに投資すべきか、未来の意思決定ができるからです。日本でも徐々にこうしたキャリアの社長が増えてきました。

ただ一方で、経済産業省の「伊藤レポート」で有名な一橋大学の伊藤邦雄教授は、かつて「日本には真の意味でのCFOが少ない」とおっしゃっていました。未来を予測するファイナンスのリーダーではなく、実際は経理のリーダー、すなわち過去の実績を示す会計の出身者がCFOになっているケースが多いと。これからの日本企業は、本当のCFOを育てることが必要だと思いますね。



ベースになるのは「お金の時間価値」

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


――企業が意思決定を行う際、ファイナンスのどのような考え方が使われるのでしょうか。

石野 その中身をここですべて説明するのは難しいのですが、ベースになる考え方は「お金の時間価値」です。お金の価値は受け取るタイミングで変わるという意味で、わかりやすい例を挙げれば「1年後にもらう100万円より、今もらう100万円の方が価値はある」ということ。なぜなら1年後まで待つより、今すぐ確実に手に入る方を選ぶ人が多い。それはつまり価値があるということです。

――確かにその感覚はわかります。

石野 特に企業のファイナンスでは、こうしたお金の時間価値を考えることが重要になります。実際に、お金の「現在価値」と「将来価値」の比較が行われます。

現在価値とは、その名の通り、お金の今の価値のこと。将来価値は、今のお金を複利で運用した場合に将来どのくらいの価値になるかを意味します。仮に100万円を複利10%で運用すれば、1年後の将来価値は110万円、2年後は121万円、3年後は133.1万円に。今100万円をもらえば複利で膨らむのに対し、3年後にもらえばそのままの100万円しか得られないというわけです。



こうした計算から、今100万円をもらうのと3年後に100万円をもらうのとでは価値が異なることを数値で示していきます。

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


――感覚的に今すぐもらう方が価値は高いと思いましたが、それを数値化するのが現在価値と将来価値だと。

石野 ここでは複利10%として計算しましたが、この利率をどう設定するかが重要です。ファイナンスではこれを要求収益率といいます。

一方、将来価値から現在価値を出すことも必要になります。たとえば3年後に受け取る100万円の現在価値はどのくらいか。これを見ることで、先ほど話したように、企業買収や設備投資でいくら掛けるべきかの判断基準が出てきます。

将来価値(3年後の100万円)から現在価値を出すには、先ほどの複利の計算の逆を行います。この時に使う利率を「割引率」と呼び、先述の要求収益率と表裏一体の関係です。将来価値に対して、現在価値は低くなる。その計算に使われるのが割引率です。

ファイナンスでは、現在価値、将来価値、割引率、要求収益率という4つを活用しながらお金の価値を計算していきます。

もちろん他にも要素がありますし、また1つの企業買収でも、いろいろな展開を想定しながら、いくつものパターンで算出していきます。

――仮に買収したい企業があるとして、その企業の規模や現在の事業内容をもとに数年後のキャッシュフローを予測する。そこから企業の価値を出して、買収価格と比較する。このような流れでしょうか。興味が湧いた方は、ファイナンスについて学んでみると良いかもしれません。

石野 そうですね。また投資家の方に対しては、ぜひ上場会社が出している「キャッシュフロー計算書」を見ていただければと思います。営業活動、投資活動、財務活動の3つにおいて、一定期間における現金の増減が記されています。過去5~10年のキャッシュフローの推移を見ると、新しい発見があるかもしれません。

「未来に生み出される現金を予測する」知っているようで知らないファイナンスの本質とは


(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)

編集部おすすめ