市場で注目を浴びているトレンドを深掘りする連載「マネ部的トレンドワード」。今回取り上げるテーマは、訪日外国人旅行者を意味する「インバウンド」。



日本各地の観光地が直面している課題のひとつに「季節過疎」がある。“シーズン”といわれる特定の季節に観光客が急増する一方で、それ以外の季節は観光客が著しく減ってしまう現象のことだ。それによって、現地での労働力の需要も大きく変動してしまう。インバウンドの増加に伴い観光業が盛り上がりを見せている反面、需要の差も大きくなっているといえるだろう。

そこで、「季節過疎」を考慮して人材を調整する取り組みを行っている企業や団体に、実態や効果について聞いた。

観光地でも注目を集め始めている「スキマバイト」

「季節過疎」に対応するため、観光業界でも注目を集めているのがスキマバイトだ。スキマバイトサービス「タイミー」では、観光分野の求人が増えているという。

観光業が抱える課題「季節過疎」を解消するカギは「人材のスポッ...の画像はこちら >>
画像提供/タイミー
タイミー専用アプリのイメージ。

「これまでは物流・小売・飲食の求人が大部分を占めていたのですが、新型コロナウイルスの収束やインバウンド増加に伴い、ホテルや旅館をはじめとした宿泊施設の求人が増え、現在は求人全体の7%程度を占めています。観光業界ではコロナ禍で雇い止めをせざるを得なかった部分がありました。かといって、需要回復後にすぐ再雇用に動くのも難しく、人手不足が原因で客室を売り止めているところもあったと聞きます。スキマバイトであれば、繁忙期に合わせて人材を流動的に募集できるため、コストを抑えつつ繁忙期を乗り越える手立てになると受け止めていただいています」(タイミー社長室地方創生グループ・葛西伸也さん)

「タイミー」に掲載されている求人は、ホテルのレストランや宴会場の会場設営、キッチンの洗い場、客室清掃、大浴場やプールの受付・監視、ロビーでの送迎、従業員用食堂での調理補助など、多岐にわたる。

「インバウンドの多い東京や大阪、京都、北海道、沖縄などの都市部の求人が多いですが、最近はリゾート地や観光地での求人も増加傾向にあります。

働く方も地元の方に限らず、車で1時間以上かけて通勤される方もいます。スキマバイトというと空き時間にさくっと働くイメージが強いと思いますが、なかには『一度有名なホテルで働いてみたかった』『その土地に行くきっかけが欲しかった』といった理由で観光地でスキマバイトをする方もいます」(葛西さん)

ホテルや旅館にとっては人材確保につながり、働き手にとっては一歩を踏み出すきっかけになっているのだ。

「観光地でのスキマバイトだと、旅行よりも深い地域交流やコミュニティの形成につながるというメリットもあるといえます。スキマバイトがきっかけで実際にその地域で長期的に働き始めたり、主婦(主夫)の方が社会復帰の準備段階として利用されたりと、ライフスタイルの変化の第一歩にもなっているようです」(葛西さん)

季節性の高い観光業におけるスキマバイトは、今後ますます増加していく可能性があるとのこと。

「観光業に限らず、農業などの季節性の高い業種を中心に、スキマバイトの需要は高まっていくと考えられます。大阪・関西万博のような大きなイベントが開催されるタイミングでも、周辺の施設では人材が必要になるので、求人が出てきます。事業者のニーズに応えつつ、多様な働き方やライフスタイルにも対応できるスキマバイトが、課題解決の糸口になればと考えています」(葛西さん)

「数日~数カ月、旅先でお手伝いする」という支援の形

数日~数カ月単位で観光地に赴き、その地域やホテル・旅館の困りごとのお手伝いをするという旅の形も、徐々に広がり始めている。地域と旅行者のマッチングを行っているのが、ベンチャー企業のおてつたびだ。代表取締役CEOの永岡里菜さんは2018年におてつたびを立ち上げ、現在は全国約2000カ所のお手伝い先を紹介している。

観光業が抱える課題「季節過疎」を解消するカギは「人材のスポット採用」
画像提供/おてつたび
ホテル・旅館だけでなく、農家・漁師をお手伝いする旅も紹介されている。

「私が三重県尾鷲市という人口1.6万人、高齢化率45%の地域出身で、地域内の労働力だけでは事業継続に限界があるという課題を感じていたことが原点にあります。社会人になってから日本各地のさまざまな地域を巡った際にも、あらゆる場所で人手不足の課題があり、私自身がお手伝いをしてきた経験をもとにおてつたびを立ち上げました」(永岡さん)

おてつたびは期間限定の「旅」の一環として、地域や宿泊施設などで働く形になっているため、一般的な求人とは異なり、どのような地域でも人材が集まりやすいという。

「通勤や移住を考えると、人口2000人未満の中山間地域やアクセスが困難な離島での労働は難しいと感じる方が多いと思います。

しかし、『旅』をフックにすることで、『その地域を観光しながら働けるのであれば行ってみたい』と感じる方が多いようで、おてつたびのホームページに地域の情報を掲載すると、数日で申し込みが入るケースがほとんどです」(永岡さん)

実際におてつたびのサービスを利用し、お手伝いしてくれる旅行者を募っている施設のひとつが岐阜県・飛騨高山のホテルアソシア高山リゾート。かつて同ホテルに在籍しておてつたびの導入に尽力し、現在は総務部に所属する任田正夫さんに、当時の話を聞いた。

「高山市は人口8万人強、人口減少が進んでいる街である一方、年間数百万人の旅行者が訪れる観光地でもあります。コロナ禍で従業員を縮小していたこともあり、国内外の旅行者の方々が戻ってくるタイミングで人手不足が課題となったのです。当時はホテルのトップも現場の最前線に出ているような状況だったので、藁にもすがる思いでおてつたびさんのサービスを導入しました」(任田さん)

おてつたびを導入したことで、コロナ禍以前から課題となっていた「季節過疎」にも対応できるようになったという。

「繁忙期と閑散期があるので、従業員を雇用しづらいという課題がありました。おてつたびでは繁忙期に向けて人材を確保することができるので、人件費がオーバーしないように調整しながら、お客様を迎える態勢を整えやすくなったと感じています」(任田さん)

また、お手伝いに来た人が再び高山を訪れるというサイクルも生まれているという。

「募集するたびに何度も申し込んでくれる方もいますし、『今回は雪が見られたから、次は夏に来たい』とおっしゃってくださる方もいます。おてつたびで来てくださる方は1日ずっと働いていただくわけではないので、朝夕の就業の合間で観光するなど、さまざまな過ごし方をしていただいています。そのなかで一泊旅行では味わえない高山の深い魅力を知り、好きになってくれるのだと思います」(任田さん)

観光業が抱える課題「季節過疎」を解消するカギは「人材のスポット採用」
画像提供/ホテルアソシア高山リゾート
おてつたびを利用し、ホテルのレストランで勤務している様子。

「お手伝いをされた方の半数近くが『おてつたびがなければ、その地域を知らなかった』と話し、9割以上の方がお手伝いした地域に好意を寄せ、その地域への移住や就職をされた方もいます。日本には8万を超える集落があるといわれています。

私たちは、それらの集落が次世代に残っていくよう、地域外の人が労働や消費で関わり続けるエコシステムの形成を目指していて、その一環としておてつたびを利用していただけたらと考えています」(永岡さん)

「繁忙期のずれ」を活かしてバス運転手をシェア

「季節過疎」の課題を解消するため、人材のシェアに動き出しているのが沖縄県だ。毎年10~12月にかけての修学旅行シーズンに貸し切りバスの運転手を確保できないという問題が生じていた沖縄県では、同時期が貸し切りバスの閑散期に当たる北海道から運転手を呼び込む「助っ人運転手」という取り組みを始めた。

観光業が抱える課題「季節過疎」を解消するカギは「人材のスポット採用」
画像提供/沖縄県バス協会

「もともと県内のバス会社が独自に北海道から運転手を招く取り組みを進めていたのですが、一社だけでは対応し切れなくなったため、令和5年度から沖縄県バス協会が舵を取って進める形になりました。現在は県内のバス会社8社が参加し、令和6年度には北海道から運転手42人、バスガイド19人に来ていただき、修学旅行の未手配バスの問題が解消されました」(沖縄県観光振興課・中村さん)

沖縄と北海道は気候が大きく異なり、繁忙期が重ならないため、運転手を呼び込むことが可能で、雇用にもつなげることができる。ただし、北海道の閑散期に変化が見え始めているという。

「インバウンドの増加もあり、スキーシーズンに入る10~12月に貸し切りバスが求められるケースが増えているようです。そのため、来ていただけた運転手の方々の人数は想定よりも少なかったという現実があります。県内のバス会社からは『助っ人運転手』の継続を望む声が届いているので、北海道以外にも当たっているのですが、繁忙期のずれが少ないため難しい状況です。全国的に人材をシェアできるようなネットワークができると、よりスムーズに人材を確保できるのではないかと感じています」(中村さん)

「季節過疎」の課題を抱えているのは、高山市や沖縄県だけではない。それぞれが他人事とは思わずに、民間のサービスや公的な支援を活用しながら支援し合う形をつくっていくことで、観光地の継続につながっていくのだろう。

(取材・文/有竹亮介)

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