大企業が導入し始めている「賞与の給与化」で社会保険料の負担が...の画像はこちら >>


ソニーグループは一部社員を対象に、2025年から冬の賞与(ボーナス)を廃止し、その分を毎月の給与と夏の賞与に振り分けると発表した。月給は最大14%アップするという。

「賞与の給与化」と呼ばれる制度変更で、大和ハウス工業やバンダイにも同様の動きが見られている。

大企業はなぜ「賞与の給与化」に踏み出しているのだろうか。会社の狙いと従業員にとってのメリットを、ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子さんに教えてもらった。

「賞与の給与化」で社会保険料が下がる可能性大

「会社が『賞与の給与化』に踏み切る理由のひとつに、人手不足の問題があるといえます。賞与を分割して毎月の給与に繰り入れることで、単純に給与額が上がりますよね。当然ながら求人票に記載される給与額も上がるので、求職者の目を引きやすくなります。就職・転職活動を行う際、給与額はしっかりチェックする一方で、賞与額はあまり意識しないという人は多いでしょう。なかには、賞与の不確実性を認識している人もいるため、『賞与の給与化』によって求職者が集まりやすくなり、人手不足が解消する可能性が高くなるのです」(川部さん・以下同)

人手不足は日本企業にとって大きな課題となっているため、年収を変えずに給与額を高く見せることができる「賞与の給与化」は、効率的な人材確保の手段といえるだろう。ただし、会社側の狙いはこれだけではないとのこと。

「特に高収入の従業員の『社会保険料の削減』の目的も考えられます。給与や賞与は、社会保険料(健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料)が差し引かれて振り込まれますが、社会保険料には上限があります。給与で多く支払ったほうが上限に達しやすいので、賞与を分割して給与化することで社会保険料を抑えられる可能性が出てきます。社会保険料は労使折半(労働者と事業主が半分ずつ負担すること)となっているため、従業員も会社も負担を軽減することができるのです」

健康保険料・介護保険料は月々の給与が135万5000円以上の場合、どれだけ給与額が上がっても標準報酬月額139万円で計算される。

厚生年金保険料はさらに上限が低く、月々の給与が63万5000円以上であれば、標準報酬月額65万円で計算される。

賞与に関しては、給与よりも上限が高い。健康保険料・介護保険料の標準賞与額の上限は年間累計額573万円、厚生年金保険料の上限は1カ月当たり150万円と設定されているため、給与よりも社会保険料が大きくなりやすいといえる。

東京都で働く会社員(45歳、月々の給与100万円、賞与180万円(賞与年2回))を例に、「賞与の給与化」が行われないケースと行われるケースでシミュレーションしてみよう。

●「賞与の給与化」が行われない場合(令和7年度東京支部の保険料率をもとに概算)
給与:100万円(健康保険料・介護保険料の標準報酬月額98万円/厚生年金保険料の標準報酬月額65万円)
賞与:180万円

【給与】
健康保険料・介護保険料:98万円×11.5%÷2=5万6350円
厚生年金保険料:65万円×18.3%÷2=5万9475円
雇用保険料(一般の事業の場合):100万円×0.55%=5500円

【賞与】
健康保険料・介護保険料:180万円×11.5%÷2=10万3500円
厚生年金保険料:150万円×18.3%÷2=13万7250円
雇用保険料(一般の事業の場合):180万円×0.55%=9900円

年間の社会保険料の合計:195万7200円

●「賞与の給与化」が行われた場合(令和7年度東京支部の保険料率をもとに概算)
給与:130万円(健康保険料・介護保険料の標準報酬月額133万円/厚生年金保険料の標準報酬月額65万円)

【給与】
健康保険料・介護保険料:133万円×11.5%÷2=7万6475円
厚生年金保険料:65万円×18.3%÷2=5万9475円
雇用保険料(一般の事業の場合):130万円×0.55%=7150円

年間の社会保険料の合計:171万7200円

「給与と賞与が分かれている場合、別々に社会保険料の計算が行われるため、賞与の分も社会保険料が発生します。しかし、そもそもの給与が上限を超えている人であれば、賞与の分を上乗せしても社会保険料は変わらないだけでなく、賞与で発生するはずだった社会保険料がなくなることになります。そのため、高収入の従業員が多いであろう大企業で『賞与の給与化』が始まったと見る向きもあるでしょう」

「高収入」であることがポイントであり、平均年収くらいだと「社会保険料の削減」の効果はほとんどないとのこと。

「平均年収くらいだと、『賞与の給与化』によって社会保険料が安くなる人もいれば高くなる人もいますし、その違いはわずかだといえます」

給与UPに伴う「お金の使いすぎ」に注意

「賞与の給与化」によって社会保険料が抑えられるケースに該当した場合は、そもそもの収入が多くない場合、大きな変化は期待できない。また、社会保険料が下がると、健康保険の給付や年金額が下がるという注意点があることも覚えておきたい。ただし、別のメリットがあるという。

「単純に毎月の収入が増えるのは、大きなメリットといえます。家計が安定しやすくなり、生活に余裕が生まれるでしょう。そもそも賞与は支給が確約されているものではありませんが、給与に繰り入れられることで、確実に手元に入ってくるという点もメリットといえます。

転職や退職のタイミングによっては賞与を受け取れないケースがありますが、『賞与の給与化』が行われると、所属している間は分割で賞与を受け取っていることになります」

一方で、「毎月の給与が増えるからこその注意点もある」と、川部さんは話す。

「給与が増えると、油断してお金を使いすぎてしまうことがあります。また、生活水準は月々の収入と比例しやすいので、それまでよりも生活水準が上がり、支出が増える可能性があります。いままで賞与をローンの返済や貯蓄、運用などに回してきた人は、給与のなかから分けていくことになるため、これまで以上に家計管理を徹底する必要が出てくるでしょう」

安定した業績が期待できる会社で進むであろう「賞与の給与化」

大企業を中心に導入が始まっている「賞与の給与化」。今後、さらに導入する会社は増えていくのだろうか。

「冒頭でお話ししたように、『賞与の給与化』を行うと毎月の給与額の見え方が変わるので、『賞与の給与化』を実施した会社に人材が集まりやすくなります。そのため、ほかの会社も同様の動きを見せる可能性が高く、全体的に毎月の給与が上がる傾向が出てくると考えられます。求職者だけでなく、従業員にとっても大きな変化といえるでしょう」

ただし、すべての会社が「賞与の給与化」に対応できるかというと、そうともいえないようだ。

「先述したように、賞与は従業員に必ず支給しなければいけないものではありません。コロナ禍で賞与がカットされた会社が多くあったように、業績などによって増減するものです。その賞与を給与に組み込むということは、再びコロナ禍のようなことが起こったとしても給与を支払い続ける余力が必要になります。また、一度上げた給与を減額するのは従業員にとっての不利益となるため、従業員の同意がなければ行えません。

業績が下がったからといって、会社側の一存で給与を下げるということはできないのです。これらの理由から、業績が安定的に推移する見込みのある会社でないと『賞与の給与化』には踏み出せないといえます。すべての会社で一斉に進むとは考えにくいでしょう」

会社にとっても従業員にとっても一長一短といえる「賞与の給与化」。就職・転職を行う際は、給与だけでなく賞与の有無なども確認したほうがよさそうだ。

(取材・文/有竹亮介)

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