近年、会社から独立してフリーランス(個人事業主)として働く人が増えている。そのなかで注目を集めているのが、マイクロ法人だ。
一般的にマイクロ法人とは、従業員を雇わず、代表者1人だけで事業活動を行う小規模な法人のこと。フリーランスのなかには、マイクロ法人を立ち上げて活動している人もいるようだ。
マイクロ法人を立ち上げる狙いやメリットはどこにあるのだろうか。ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子さんに教えてもらった。
「マイクロ法人」を立ち上げるメリット
「法人を立ち上げるメリットはいくつか考えられる」と、川部さんは話す。
●法人化のメリット(1)社会的な信用を得やすくなる
「代表者1人だけの法人であっても、登記した情報が公開されるという部分は大手企業と同様なので、個人事業主よりも信頼感を得やすくなる可能性があります。金融機関からの融資も受けやすくなります」(川部さん・以下同)
法人向けの補助金や助成金の申請が可能になるというメリットもある。
●法人化のメリット(2)節税効果が期待できる
マイクロ法人設立によって、所得税や住民税の節税につながる場合があるという話も聞くが、どのような理由からだろうか。
「役員報酬を低く設定することが可能だからです。個人事業の所得はすべて事業所得となりますが、法人の役員報酬として受け取ることで給与所得となります。低く設定した役員報酬から給与所得控除額を差し引いた金額はさらに小さくなり、そこから課税所得が算出されます」
しかし、法人としての事業を展開して低い役員報酬を受け取ったとしても、個人の事業も行い、個人事業主としての所得を多く得る場合は、大きな効果は期待できないだろう。
●法人化のメリット(3)社会保険料を抑えられる
「個人事業主の場合、所得が上がると国民健康保険料が高くなりますが、所得が少なかったとしても国民年金保険料は安くなりません。一方、法人の役員になると会社の健康保険や厚生年金保険に加入することが義務付けられ、その保険料は役員報酬によって決まります。
本来は労使折半(労働者と事業主が半分ずつ負担すること)となる社会保険料だが、マイクロ法人の場合は自身が代表であり従業員でもあるので全額支払うことになる。それでも個人事業主と比べて負担は軽くなるだろう。
例えば、東京でマイクロ法人を立ち上げ、役員報酬を月6万円とした場合、ひと月の健康保険料は全額で5747.8円(40歳以上で介護保険料が含まれる場合は6670円)、厚生年金保険料は1万6104円となり、合計は2万2000円前後(※)。
※全国健康保険協会「令和7年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京支部)」から引用。
「令和7年度の国民年金保険料がひと月1万7510円なので、それより少ない額で国民年金だけでなく厚生年金にも加入できることになります。役員報酬以外の収入を個人事業の所得として受け取っても、会社の健康保険に加入しているため、国民健康保険料は発生しません」
役員報酬と個人事業の所得を同時に受け取ることで社会保険料を抑えることができるが、注意点もあるという。
「個人事業と同一の事業で法人を立ち上げると、税務署から所得分散などを疑われる可能性があります。個人事業主としての事業を継続する場合は、別の事業を行うという正当な目的で法人を設立しましょう」
節税や社会保険料の削減ではなく、法人で事業を行う目的がある場合に、参考にするとよさそうだ。
「手間」はかからないが「費用」がかさむ可能性あり
マイクロ法人にメリットがあることはわかったが、法人を立ち上げるにはそれなりの手間がかかるのではないだろうか。
「個人で手続きを行うのは大変ですが、司法書士に依頼すれば、想像しているよりも簡単に設立できるでしょう。社会保険などの手続きも、社会保険労務士などの専門家に依頼する人がほとんどです」
手続き自体に手間はかからないが、専門家に依頼するということは相応の費用が発生することになる。
「登記手続きのための司法書士の費用や社会保険加入の手続きは一度限りのものですが、税理士に月々の税務の管理をお願いするとなると、毎月数万円の支出が発生することになります。法人税の申告は複雑なので、個人事業主の確定申告より税務処理の費用が掛かることもあります。
判断のカギは「制度内容を正確に把握すること」
マイクロ法人を立ち上げて個人事業と両立することで社会保険料が抑えられるのは、労働者にとってはプラスだが、国にとってはマイナスといえるだろう。
「現状の法律では、一定の条件を満たして法人から報酬を受け取る場合は、社会保険への加入が義務付けられているため、社会保険料を抑えることができるようになっています。ただし、国としてはできるだけ多くの人に社会保険料を納めてほしいという思いがあるため、今後監視が強化されたり、法改正が行われたりする可能性がないとはいえません」
「データを用いた管理体制ができるのではないか」と、川部さんは予想する。
「マイナンバーによる所得の一元管理が進むことで、国は個人の収入をより正確に把握できるようになります。そのデータなどをもとに、社会保険料の適正な徴収が強化される可能性は高いのではないかと考えられます。今後どうなるかはわかりませんが、マイクロ法人の設立を考えている人は、意識しておきたい点といえるでしょう」
最後に、会社からの独立やマイクロ法人の設立を検討している人に向けて、お金の専門家の視点からアドバイスをもらった。
「何よりも大切なことは、制度の仕組みを理解することです。どのような制度であっても、損得勘定やメリットだけに注目して取り入れてしまうと、思いがけないリスクやトラブルに見舞われてしまうかもしれません。常に情報収集を怠らず、最新の制度内容を正確に把握し、ときに専門家に相談しながら、自身の収入や働き方、ライフスタイルに合う形で制度を活用していけるといいでしょう」
メリットが多いように見える「マイクロ法人」だが、相応のリスクや費用が発生する可能性が高い。自身で対応できるのか、コストに見合うメリットを得られるのか、慎重に判断して決めていくことが重要だ。
(取材・文/有竹亮介)