会社が拠出した掛金を従業員自身が運用し、老後の生活資金として準備していく制度「企業型DC(企業型確定拠出年金)」。勤務している会社で導入されているという人は多いのではないだろうか。
最近は企業型DCの「選択制DC」を取り入れている会社も増えているようだが、従業員にとってメリットはあるのだろうか。ファイナンシャルプランナーで社会保険労務士の川部紀子さんに聞いた。
「選択制DC」のメリットは社会保険料・税金の負担軽減
「『選択制DC』とは、従業員が給与や賞与の一部を企業型DCの掛金にするか、そのまま給与・賞与として受け取るか、選択できる制度のことです。月々の掛金上限額5万5000円以内であれば、従業員が自由に掛金の金額を設定できます」(川部さん・以下同)
会社が企業年金として一定額の掛金を拠出するケースもある。その場合は、会社の掛金と合計して月5万5000円までの拠出が可能だ。
給与や賞与の一部を拠出するということは、その分、給与や賞与が減ることになるが、メリットや留意点はあるのだろうか。
「老後に向けて運用する制度なので、一度掛金に回したお金は原則として中途引き出しができませんが、老後までキープできると考えることもできるでしょう。また、運用方法として投資信託を選んだ場合は、資産が増える可能性とともに減る可能性があることも覚えておきましょう。『選択制DC』ならではの特徴といえるのは、社会保険料や税金を抑えられるという点です。目先の手取りが増えるという意味では、メリットと感じる人もいるでしょう」
なぜ「選択制DC」で掛金を拠出すると、社会保険料や税金が減るのか。その理由は、「給与・賞与から拠出する」という仕組みにあるという。
「給与や賞与から拠出した掛金は給与・賞与の額面から差し引かれるので、給与明細などに記載される給与・賞与の金額は減ることになります。社会保険料や税金は給与・賞与の金額をもとに算出されるため、会社から支給される金額が少なければ社会保険料や税金も減るというわけです」
例えば、東京で働いている人の月々の給与が30万円の場合、月々の健康保険料は1万4865円(40歳以上で介護保険料が含まれる場合は1万7250円)、厚生年金保険料は2万7450円となります(※)。
同じ条件で毎月4万円を「選択制DC」で拠出し、給与額が26万円になった場合は、月々の健康保険料が1万2883円(40歳以上で介護保険料が含まれる場合は1万4950円)、厚生年金保険料が2万3790円になる(※)。月々8000円ほどの差が出てくるのだ。
※全国健康保険協会「令和7年3月分(4月納付分)からの健康保険・厚生年金保険の保険料額表(東京支部)」から引用。
「給与や賞与の額面が減るので慣れるまではドキッとするかもしれませんが、その分を老後の制度に回したということです」
「選択制DC」と「マッチング拠出」の違い
給与や賞与の一部を企業型DCの掛金とする「選択制DC」は、企業が拠出した掛金に加えて従業員自身が任意で追加拠出する「マッチング拠出」とは異なるのだろうか。
「違いはいくつかありますが、意識しておきたい違いは掛金額の上限です。『選択制DC』は先述したように、会社が拠出する掛金も合わせて5万5000円まで拠出できます。一方、『マッチング拠出』は会社が拠出する掛金と同額までしか拠出できません。会社が2万円拠出してくれていれば従業員自身も2万円まで拠出できますが、会社の掛金が1000円だったら、従業員自身も1000円までしか拠出できないのです」
「選択制DC」のほうが、老後に回す金額を高く設定できる可能性がある。さらにもうひとつ、大きな違いがあるという。
「『選択制DC』で拠出した掛金は給与・賞与の額面から差し引かれますが、『マッチング拠出』では給与や賞与の金額は変わらず、支給された給与・賞与のなかから従業員が自主的に拠出したものと見なされ、その年の掛金は全額所得控除となります。そのため、給与・賞与の金額は変わらず、税金削減効果はありますが、社会保険料は変わりません。掛金を多く拠出できる余裕があれば、『選択制DC』のほうが社会保険料を下げる効果は大きいといえるでしょう」
老後の年金や傷病手当金が減る可能性もある…?
将来に向けて備えながら、社会保険料や税金を抑えられる「選択制DC」だが、いくつか注意点があるとのこと。
「拠出した掛金は原則60歳まで引き出すことができないという点は覚えておくべきです。
社会保険料が抑えられるというメリットは、注意点にもなるそう。
「社会保険料が減るということは、将来受け取る老齢厚生年金や健康保険から支給される傷病手当金、雇用保険から支給される失業手当(失業保険の基本手当)、労災保険の各種給付などが減少することと同義だといえます。基本給が下がることで残業代が下がる設計になっているケースもあります。これらは、収めた保険料や支払われた給与額に基づいて計算されるからです。『選択制DC』を利用する場合は、給付額が減るリスクを理解しておく必要があるでしょう」
厚生年金が下がる点が気になる人は多いかもしれないが、傷病手当金や労災の給付は全員が受け取るとは限らない。失業手当も、何年間も支給されるということはないだろう。
「各種給付はいざというときのための大切な備えではありますが、全員が必ず利用するものではなく、利用できる場面も限られています。一方、『選択制DC』で備えた資産は、積み立てて老後に使うことができるものです。また、厚生老齢年金が下がったとしても、その分が消えたわけではなく、『選択制DC』で自分の名義で老後に向けて備えていると考えることもできます。それぞれの制度の仕組みを理解し、思い描く将来像に近付ける制度を活用することが重要です」
もうひとつ、注意したいのが「給与・賞与が減る」という点だ。
「『選択制DC』の掛金の分だけ給与や賞与が減るため、日々の家計やローン返済などの計画はしっかり立てましょう。特に給与から掛金を拠出する場合は、月々の手取り額が減るのと同じなので、その給与額でやりくりできるように生活を見直す必要が出てくるかもしれません。
留意点もあるが、メリットも大きい「選択制DC」。改めて制度内容を把握したうえで、給与や賞与の額、日々の家計などと照らし合わせ、できる範囲で活用していけるといいだろう。
(取材・文/有竹亮介)