米国株や全世界株への投資が話題になる中、「日本株の魅力」はどこにあるのか。これから期待できる国内の産業や投資テーマはあるのか。
カタリストとは、英語で「触媒」を意味する。投資の世界では、相場を大きく動かす「きっかけ」や「材料」といったニュアンスで使われることも多い。カタリスト投資顧問は、助言するファンドの投資先である国内上場企業の成長や価値向上を生む触媒になることを目指す。どのように実現するのか。同社が行うのは、企業との「対話」だ。草刈氏に詳しい話を聞いた。
日本企業と投資家が話し合うケースは「極めて少なかった」
「これまでの日本市場に足りなかったのは、企業と投資家の対話ではないでしょうか」。取材の冒頭、草刈氏はそんな言葉を口にした。
「両者のやりとりがまったくなかったわけではありません。『アクティビスト』と言われる投資家や『モノ言う株主』と表現される方々が、投資先の企業に働きかけるケースは見られました。しかし、その多くは対話ではなかったと考えています」
従来のアクティビストやモノ言う株主は、短期的な株価の向上や大幅な株主還元を働きかけることが多く、自分たちの主張を一方的に展開するケースもよく見られた。
たとえばモノ言う株主という言葉も、「投資家は意見を言わないという前提意識があるために、こうした表現が生まれたのでは」と指摘する。
対話の欠如は、経営の緩みにつながる可能性もある。たとえば日本では、現社長の一存で次期社長が決まるといったことが少なくない。経営陣の選任や解任を議論する「指名委員会」や、その後の株主総会での議決が形骸化し、事実上は内部で決めていく。「こうした行為が積み重なると、企業のガバナンスが低下し、トラブルに発展するケースもあります」。
ただし、ようやく日本でも「対話の重要性が理解されてきました」と草刈氏。近年の市場改革により、上場企業の意識に変化が生じているためだ。また直近では、大企業のガバナンスやコンプライアンスが社会的に注目される事象もあった。外部の第三者が経営に関わる重要性に気づく機会になったといえる。
投資先企業に「変化が生まれた事例」が増えている
カタリスト投資顧問は、対話や提案といった「エンゲージメント」を通じて、投資先の経営変革や企業価値向上を後押ししている。
そんな同社の関わる投資信託に「マネックス・アクティビスト・ファンド(以下、MAF)」というものがある。比較的少数の銘柄に投資し、それらの企業にエンゲージメントを行う。そうして、企業価値と株主価値の中長期的な向上を目指す。
従来、こうした“アクティビストファンド”は、プロの機関投資家向けが多かった。MAFは、個人投資家向けアクティビストファンドという数少ない存在である。
運用するのはマネックスグループのマネックス・アセットマネジメントであり、同グループ創業者の松本大氏もMAFに携わる。カタリスト投資顧問は、このファンドの投資助言を行い、投資先候補の選定や企業との対話を担っている。
2020年6月に運用を開始したMAFは、直近1年で25%以上の上昇を見せている(2025年8月現在)。TOPIXを20%ポイントほど上回る伸びとなっており、着実な成果が出ている。「丁寧に投資先を見極め、エンゲージメントを行ってきました。それにより投資先企業に変化が生まれ、株価に反映されています」。
繰り返しになるが、同社が行うエンゲージメントは、従来のアクティビストとは異なるという。長期の企業価値向上や持続的な成長を生むための話し合い・提案が基本スタンスだ。例として、資本効率を改善して企業の競争優位性を強化するにはどうすれば良いか、どの事業にどれだけの力を配分するかという事業ポートフォリオの改革をどう進めるかなど、さまざまな話し合いが行われる。
1つのケースを紹介したい。ある投資先企業では、ここ数年で営業利益率が改善しながら、ROE(自己資本利益率)は徐々に低下していた。その理由は、現金保有が増加していたことにあった。
「同社の現金保有については、運転資金やキャッシュ・コンバージョン・サイクル(※仕入債務から売上債権の回収までの日数)を考慮しても“過剰な状態”にあると判断しました。本業は効率的で競争力も高く、安定して利益を生み出しています。その利益は成長投資や株主還元に充てられますが、それでも残った現金が内部留保として積み上がっており、今後もさらに積み増されることが予想されました。
そこで私たちは、適切な資本配分によって資本効率を高め、持続的な競争優位性の確立へとつなげていくための対話を重ねていきました。眠っている現金を“生きた資本”として活用することが、企業にさまざまなプラス効果をもたらすからです」
特にROE(自己資本利益率)の向上は資本市場からの評価を高め、株価上昇につながる可能性がある。また、この企業には従業員持株会制度があり、株価上昇は働かれている社員自身のメリットにもなる。
その後、同社は中期経営計画におけるROE目標値を引き上げたという。成長と株主還元の両立に対する市場の期待は高まり、株価も大きく上昇した。
MAFのサイトには、このようなエンゲージメント事例がいくつか掲載されている。それらを見ると、同社のスタンスをより深く理解できるだろう。
個人投資家の声を集めて、エンゲージメントに生かす
企業と対話する際の“姿勢”についても「私たちには特徴がある」と草刈氏は話す。いきなり提案するのではなく、まずはその企業がなぜ現在の選択をしてきたのか理解するところから始めるという。「背景をふまえずに提案する、あるいは、業績や指標といった数字だけを見て『ここを改善してほしい』と要望するのは、私たちが目指す形ではないのです」。また、意見を言って終わりではなく、その後も継続的に話し合っていく。
大手のアセットマネジメント会社(※人々から資産を預かり、投資・運用を行う会社)の中には、同様の対話を行っているケースもある。これらは、「企業と対話する部門」と「ファンド運用を担う部門」が分かれていることが多かったという。しかし「われわれは2つの役割を同じチームで助言しています」と草刈氏は話す。「企業と話し合い、その成果をもとに投資判断につながることが重要です。
企業だけでなく、個人投資家とも対話するのがMAFの特徴だ。さまざまな意見を聞き、投資先とのエンゲージメントに生かすという。なぜ個人の声を大切にするのか。理由を尋ねると、迷いなくこう答えた。
「ファンドの最終的な受益者は、あくまで一個人の方々です。MAFのように、広く一般に募集する『公募投資信託』はもちろんのこと、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)のように、プロの機関投資家が運用しているファンドも、巡り巡って最後は国民一人一人が受益者となります。その中では、個人の意見に耳を傾けなければなりません」
個人投資家が「割安銘柄」を見つけるためのアドバイス
草刈氏は若い頃、舞台俳優として活動していた経歴がある。その後、いくつかの転機があり、金融業界へと足を踏み入れた。当初は住宅ローン販売に関わっていたが、「さわかみファンド」で知られるさわかみ投信の澤上篤人会長の言葉に感銘を受け、同社で投資に携わり始めた。以来、知識と経験を積み重ね、ファンドマネージャーとして活躍。その後、カタリスト投資顧問に移った。
自身の基本的な投資スタイルは「バリュー投資」だという。本来の企業価値より株価が低い状態(割安)の銘柄を狙うものだ。たとえば、事業自体は堅調で、他社に比べて優位性があるものの、そのビジネスの市場全体が落ち込んでいたために株価が下がっている銘柄。あるいは、会計上はまだ利益が出ていないものの、着実に成果を積み上げていて今後業績が伸びそうな銘柄など。それらに投資し、対話やエンゲージメントを通じて企業価値向上を図っていく。
ではどのようにして、割安な銘柄を探せば良いのだろうか。草刈氏は、個人投資家向けのアドバイスとしてこんな言葉を口にする。
「ご自身の趣味や精通しているジャンルの中から探すのが近道ではないでしょうか。アニメ、化粧品、自動車。どんなものでも構いません。知識のない業界、いわば“土地勘”のないところには行かないことが大切です」
自分がよく知るジャンルであれば、なぜ今この商品が流行っているのか、そのブームはどれだけ続くのか、反対になぜこの企業の業績が良くないのか、理由を推察しやすい。「私でいえば自動車が好きなので、各メーカーがどのような新車を販売し、その売り上げやファンの評価がどのようなものか、自然と蓄積されています」。これらの“生きたデータ”が投資判断に役立つという。
ファンとして特定の業界を見続けていると、「企業が変わる瞬間」に気づける可能性もある。過去に業績が低迷した企業でも、その後の改革により、直近で良い商品を連続で出したり、サービスの質が日に日に上がったり。「その営みが続くと、企業に対する消費者の受け止め方が変わり、社会の認知も変化します。次第に会社は成長し、株価にも反映されるでしょう」。
企業との対話は、まさしくその“変化”を起こすために他ならない。株式投資の本質とは、投資家が企業に資金を提供し、経営を支援することにある。企業と投資家は分離した関係でもなければ、対立し合うものでもない。手を取り合い、好循環を生み出すのが本来の姿だろう。「カタリスト(触媒)」という言葉は、その本質を表している。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年9月現在の情報です

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