個人株主が投資しやすい環境を整えるべく、上場企業がさまざまな施策を打ち始めている。そのひとつが、既に発行されている株式を分割する「株式分割」。
東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは、2023年4月1日に1株を5株に分割した。以前は株価が2万円を超える時期もあり、最低投資単位の100株を購入するには200万円程度が必要だったが、分割直後は株価が4555円(最低投資金額は約45万円)となり、株式分割前に比べて個人株主でも手が届きやすい金額となった。
オリエンタルランドが株式分割に踏み切った経緯や実施したことで得られた効果について、同社総務部の七釜羽也人さん、黒瀬博也さんに聞いた。
「ファンとのつながり」を深めるための株式分割

オリエンタルランドで株式分割が議題に上るきっかけとなったのは、株価が2万円に近付いたことだという。
「株価が2万円を超えると、個人株主の方々には買っていただきづらいということもあり、株式分割の話が社内で盛り上がり始めました。個人株主の比率が初めて20%を切ったことも大きかったです。価格が理由で注目度が下がり、応援していただける方との距離が空いてしまうのはとてももったいないことなので、個人株主を増やす策はないかと考え、株式分割に至りました」(七釜さん)

株価が2万円を超えると100株の購入価格は200万円となり、年間投資枠が120万円に設定されていた一般NISAで購入できなかったため、個人株主から「NISAで保有できないから、分割してほしい」という声も届いていたそう。
世のなかの流れも、株式分割を本格的に進めていく際の追い風になったとのこと。
「2021年に他社が当社よりも最低投資金額が低いなかで株式分割をされていて、多くの企業がそこに追随する流れになるといわれていました。ちょうど我々が分割について話し始めたタイミングでもあったので、やはり考えていることは間違っていないのではないかと議論が前に進みましたね」(七釜さん)
株式分割は個人株主を増やす可能性を秘めているが、そもそもなぜオリエンタルランドは個人株主に買ってもらえる株式を目指したのだろうか。
「当社のファンを増やしたい、という思いが一番大きなところです。株式を持つことで、さらにその企業を身近に感じたり、その企業や事業についてもっと深く知りたいという感情が湧いたりするものだと思っています。
課題となった「コスト」と「株主優待」

2021年頃から議論を重ね、実際に株式分割を実施したのは2023年4月。それなりの時間を要したのは、いくつかの課題があったからだという。
「一番大きかった課題はコスト面です。個人株主が増えると、株主の皆様にお送りするお知らせなどの郵送物も増えるので、費用もかかります。個人株主の数は2倍ほどになると想定していたので、単純にコストも2倍になると見ていました」(七釜さん)
コストが跳ね上がる可能性があったが、最終的には「それ以上のメリットがある」という結論に至ったそう。
「株主の皆様には、優待として東京ディズニーリゾートのパークチケットをお送りしているので、個人株主が増えるということは、パークに来て楽しんでいただくとともに、当社事業への理解を深める機会の増加にもつながります。体験を提供している当社にとって、コストを超えるメリットになると判断しました」(七釜さん)
ただ、この株主優待も、株式分割における課題のひとつになったとのこと。
「もともとは、100株保有している方に年間1枚のチケットをお送りしていました。そのベースは変えず、分割後は500株保有している方に年間1枚お送りする形としたのですが、せっかく分割したので分割後に100株保有していただいた方にも優待をお送りしたいと考えました。ただ、もともとの優待制度があるうえで100株に当たる価値の優待を考えるのが難しく、かなり議論を重ねました」(七釜さん)
そこで行きついたのが、保有期間で区切る「長期優待」という形。100株を3年以上保有し続けた場合、3年経過した後から毎年1枚パークチケットが届くという優待だ。
「チケットをお送りするという優待はパークの運営や収益にも影響があり、場合によっては株価にも影響があることなので、パークの収益や経営戦略を担当する部門とも話をしながら、影響のない範囲を見極めていくのがもっとも大変だったかもしれません」(七釜さん)
「株式を持っていただく以上は長く保有していただき、当社を応援していただきたいという思いがあります。その意味で『長期優待』は、より長く安定的に持っていただくための制度になっているのではないかと感じています」(黒瀬さん)

もうひとつ、課題として挙げられたのが株主提案権。
「株式分割したからといって、株主提案権の要件となる議決権の個数が変わるわけではないので、株主の方々は提案しやすくなります。ただし、これまでどおり地道にガバナンスを強化していくことで株主の皆様にも納得していただける経営ができるだろうという結論に至り、株式分割に踏み切りました」(七釜さん)
個人株主の増加とは“ともに走ってくださる方が増える”ということ

株式分割を行ってから2年が経過しようとしていた2025年3月、想定以上の状況になったという。
「先ほど、個人株主の数は2倍ほどになると想定していたと話しましたが、実際には2倍を超えたんです。分割前は20万人ほどだったのですが、2024年に30万人を超え、2025年3月には50万人を超えました。うれしい想定外です」(七釜さん)
「当初の想定より増えたのは、新NISAが大きく影響していると考えています。2024年に新NISAが始まってから、当社の株式を持ってくださる個人株主の方々が明らかに増えました。かつて下がっていた個人株主の比率も、2024年3月末時点で21%に回復し、現在は23%まで増えています」(黒瀬さん)
個人株主数は増える想定だったが、株式分割当初は比率に関してはそこまで上がらなかった。
「分割を行ってからしばらくの間、個人株主の割合はそこまで増えませんでした。しかし、分割を行ったことで個人株主の皆様にも購入していただきやすい土壌ができたことで、徐々に比率も増えてきたのだと感じています」(七釜さん)
また、個人株主の比率が増えることは、株価にもいい影響があるという。その理由は、一般的に機関投資家と個人株主は売買のタイミングが異なるといわれるからだ。機関投資家は株価が上昇しているときに追加投資する「順張り」が多いが、個人株主は株価が下落しているときに購入する「逆張り」を行う人が多いため、双方の売買のバランスで値動きが少なくなり、株価の急騰や急落を抑えやすくなる。
「機関投資家の方々は理論的に投資判断されるので、対話を尽くしても我々にはどうにもできない部分があります。
個人株主の増加に伴い、株主総会の参加者も増えることが予想されたため、現在は会場とライブ配信のハイブリッド型で開催している。2025年度は会場に約1300人、ライブ配信に約1500人の株主が集まったという。
「新たに株主になってくださった方も多いので、パークに関する質問が増えると考えていたのですが、実際は経営に関する質問も増えた印象があります。最近の個人株主の方々は経営視点でも情報を見てくださっているんだと感じます」(黒瀬さん)

「個人株主が増えたら議決権行使率は下がるのではないかと考えていたんですが、実はほとんど下がっていません。株主が増えた分だけ行使してくださる方も増えているのは思いがけないサプライズでした」(七釜さん)
分割したことで個人株主への施策の選択肢が広がった

逆に、株式分割を行ったことで新たな課題となっていることはあるだろうか。
「コストにもつながるところですが、個人株主が増えたことにより郵送物の印刷がタイトになっているという課題が浮上しています。当社の株主の方々は東京ディズニーリゾートに興味を持ってくださっている方が多いので、郵送物の内容をただ簡略化するのではなく、スケジュールを前倒ししたり電子化を検討したりしながら、株主の方が必要とされる情報をしっかりと発信できるよう、対応していきたいと考えています」(黒瀬さん)
新たな課題は出てきているものの、総合的に見ると株式分割はプラスの効果が大きかったという。
「分割を実施し、個人株主の皆様に購入していただきやすい土壌ができたからこそ、個人株主の皆様に向けた施策の選択肢も広がったと実感しています。例えば、2025年9月末までに100株保有していただいた方に対し、特別優待としてパークチケットを1枚お送りする施策を行います。分割前の株価で同様の施策を打ったとしても、100株の最低投資金額が高すぎるため、なかなか購入していただけないという課題もあったと思います」(黒瀬さん)

「個人株主の方々が想定よりも増えているからこそ、今後はさらに綿密なコミュニケーションが取れるような環境も整えていきたいと考えています。どのような形にするのか、まだ検討の段階ではありますが、個人株主の方々とのコミュニケーションを通じて、当社の株式を持ってよかったと思っていただける施策を考えていきたいですね」(七釜さん)
株式分割によって、想定以上の効果につながったオリエンタルランド。
(取材・文/有竹亮介 撮影/森カズシゲ)