ジェネリック医薬品の普及が一巡し、製薬業界の成長モデルは転換期を迎えつつあった。富山の製薬会社・ダイトも、業績こそ堅調ながら、株価は思うように伸びない状況が訪れていた。
ダイトは、富山県唯一の東証プライムに上場する製薬会社だ。誠実な経営で順調に業績を伸ばしてきたが、異変が起きたのは2023年の秋ごろ。特に業績面での著変も無かった中で、突如として株価が急落したのだ。
市場全体が“落ち目”に。突如として訪れた危機
大津賀「株価が下がっている理由を、誰も説明できなかったんです」
現在、ダイトで執行役員CFO(最高財務責任者)を務める大津賀健史は違和感を覚えた。
大津賀「業績は確かに減益基調ではありました。しかし、それだけでは説明が付かないほどに株価が下がる。社内には『なんとなくそういうもの』という諦めの空気が漂っていました。市場全体としてパフォーマンスが低下するなかで、ダイトのバリュエーションも下がっていました。しかしそれに対策しようにも、仕組みがなかったんです」
金融業界出身の大津賀は、資本市場のダイナミズムを学んでいた。
「経営陣が市場を見ないままでは、外部からの変化に対応できない」と感じた大津賀は、取締役会で危機感を共有した。
大津賀「当時、筆頭株主には誰もが知っている世界的な運用会社も入っていました。金融の人間から見れば、普通なら望んでも簡単には入ってくれないレベルの投資家です。にもかかわらず、誰もその事実を認識しておらず、その会社の大量売却に対応できるIR体制も議論もありませんでした。“外からの視線を前提にした経営”に変えなければ、と強く思いました」
かくして、翌2024年、ダイト社内にIR体制を構築するプロジェクトが立ち上がり、関連会社にいた大津賀がダイトの顧問に就任した。
IRってどうするのか? 情報を外に出さない企業に訪れた、変革のとき
経営企画部長の高畠浩一も、その立ち上げメンバーの一人だ。前職では非上場の製薬会社で長年、経営企画や知的財産、品質管理など幅広い業務を経験してきたが、IRは未経験だった。
高畠「最初は“IRって具体的に何をやる仕事なのか”というところからでした。社内にも前例がなく、手探りのスタート。まずは基本的なIR資料の見直しから始めました。
黒子に徹する社風があったから、ほとんど知られていない会社だった
大津賀「最初の課題は社内の理解を得ることでした。IRの重要性を説明し、なぜ今までのやり方では不十分なのかを伝える必要があったのです。特に、長年同じやり方でビジネスを行ってきた経営陣に対して、変化の必要性を納得してもらうのは簡単ではありませんでした」
その変化のひとつが、会社の情報を開示するということ。当時チームに加わった経営企画部課長の笠嶋俊秋は、地方銀行で長く法人営業と経営企画や主計を担当してきた。いわば地元経済の現場を知る実務家である。
笠嶋「私が入ったのは、社長もCFOも変わり、会社が外に開き始めた時期だったと思います。実は地方銀行の目線からすると、ダイトは急に出てきた会社というイメージでした。上場していても新聞やテレビにあまり出ない、広告も打たない会社です。でも気がついたら利益を出している会社でした。私は富山の銀行員でしたが、正直よく分からない会社という印象でした(笑)」
というのも、ダイトはあまり表に出ないことをよしとする文化があったという。医薬品を作るBtoBメーカーとして、長年「黙って良いものを作る」という文化が根付いていたからだ。
初仕事は、下方修正の早期発表。その英断は、対話の始まりに
高畠「広告やPRをやる意味はない。業界内の顧客とは既に関係ができている。そういう理由で、これまで社外に向けた発信はほとんどしてこなかったんです」
手始めに行ったのは、下方修正の早期発表だった。業績予想の見直しが必要になった際、速やかに市場に伝えることにしたのだ。誠実な態度である反面、ネガティブな情報をいち早く出すことは、株式市場においてダイトに対する不安感を抱かせかねない。
大津賀「これは社内でも議論がありました。当時、ダイトでは過去に期中で下方修正した経験はありませんでした。『なぜ開示義務も無いのに、わざわざネガティブなことを積極的に伝えるのか』と、役員会では反対意見も多く出たのです。しかし、ダイトが本業において品質で高い評価を得ている背景に透明性があるように、資本市場への透明性を高めることが長期的な信頼につながると確信していました」
かくして開示。そこに待っていたのは、予想以上な好意的な市場からの反応であった。その後、新しい中期経営計画の発表もあり、IRの取材件数は急上昇。
高畠「悪いニュースを出したのに、むしろ評価された。あの時、ようやく“IRは危機管理でもある”と社内全体が実感したと思います」
下方修正を「失敗」ではなく「対話の始まり」に変えた3人の挑戦。彼らの足取りは、やがて“現場と投資家をつなぐ仕組み”へと進化していく。(第2回に続く)
(執筆:吉州正行)

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