未来の日本経済を支えるスタートアップを一社でも多く輩出する市場になるために――。東証では現在、グロース市場改革を進めている。
「グロース」が期待された市場
2025年4月、東証はグロース市場で進めていく複数の施策を公表した。その内容は後述するが、これら一連の取組みによる「グロース市場改革」は、多くのスタートアップがこの市場で高い成長を実現し、投資家にとって魅力あるマーケットになることを目指すものだ。
改革の発端になったのは、2022年4月に行われた東証の市場区分見直しだった。それまでの市場区分を再編し、プライム市場、スタンダード市場、グロース市場という3つの区分に再構築したのである。その目的は、上場会社の持続的な成長や企業価値向上を支え、投資家の支持を得られるマーケットを作るためだった。
「とはいえ、市場区分を見直すだけではこの大きな目的を達成できません。そこで2022年7月から、市場区分の見直しに関するフォローアップ会議を定期的に開催してきました。この会議では、さまざまな有識者とともに、上場会社の企業価値向上を支えられる市場を作るためには追加的に何をすべきか議論していったのです」(礒貝さん、以下同)
フォローアップ会議では、グロース市場のあり方についても話し合われた。グロース市場に期待されているのは、その名のとおり「高い成長」。一方で、グロース市場の現状を見ると、さまざまな課題があったという。
まず株価指数の推移においては、2022年4月に市場区分を再編して以降、プライムやスタンダード市場の株価は上昇傾向にある一方で、グロース市場の株価は明らかに伸び悩んでいた。
また、グロース上場企業の時価総額が「新規上場時からどれだけ成長しているか」を分析すると、10倍以上に成長した企業は全体の5%にとどまっていたという。
「5%という数字をどう評価するかは意見の分かれるところですが、投資家の方からは『少ない』という声も聞かれました。何より、グロース市場としての価値を発揮するためには、上場後に大きな成長を見せ、未来の日本経済を支える会社を一社でも増やしていくことが重要です。こうした課題意識が、グロース市場改革へとつながっていきました」
カギとなるのは「高い成長を目指す」文化の醸成
先述のとおり、グロース市場は本来、高い成長を期待された企業が集う市場である。しかし現状のデータを見ると、上場後に大きく成長する企業がなかなか増えていない状況だったといえる。
その背景には何があるのか、根底の原因はどのようなものか。これらを明らかにするため、東証ではスタートアップ経営者や機関投資家へのヒアリングを実施したという。資金調達や人材採用など、さまざまな観点から問題意識が挙げられる中、特徴的だったのは、経営者自身の意識に関する意見も多く見られたことだった。
――先輩たちが全員IPOを行っているので、何となく上場した方がいいのではないかと考える経営者も多い。とりあえずIPOを行うことが目的で、上場後のことは考えていない。――
――上場企業として行き詰っていても、経営者個人としてはそれなりの暮らしができる。その会社を経営し続けることが人生の目的となっているので、株価を伸ばそうと積極的な対応を行うことはないし、会社を売って他のことをしようともならない。
いずれも、スタートアップ経営者が自身の周囲を見て感じた忌憚のない意見だ。東証では、これらの正直な声をあえて加工せず、そのままの形で公表したという。
もちろん経営者全員に当てはまるわけではない。一方で、どこか腑に落ちる部分もあったのだろう。2024年12月にこれらの意見が公表されると、スタートアップ関係者の中で話題になったという。
「このヒアリングで感じたのは、経営者の皆様に、グロース市場で高い成長に向けて前向きに取り組んでいただくためにはどうすればいいのかということでした。制度や仕組みを変えればよいという単純な話ではなく、このグロース市場において『高い成長を目指す』という文化をいかに醸成できるかがカギになると思いました」
そして、これらの意見は、「このままではいけない」という空気を生み、高い成長を目指していこうという前向きな動きにつながることとなる。それが1つの弾みとなって、2025年のグロース市場改革へと至ったのだ。
3つの柱で進める東証グロース改革
東証が現在行っているグロース市場改革では、大きく3つの施策を推進している。1つ目は、高い成長を促していくための「上場維持基準の見直し」。2つ目は、全てのグロース上場企業に対する「高い成長を目指した経営の働きかけ」。そして3つ目は、高い成長の実現に向けて「積極的に取り組む企業のサポート」である。これら一連の改革のキーワードは上場後の高い成長であり、グロース市場を「高い成長を目指す企業が集う市場」とするべく行われるものである。
しばしば話題となるのが一つ目の上場維持基準の見直しである。上場維持基準とは、文字どおり、上場を維持するために取引所が定める基準のことであり、プライム・スタンダード・グロースという3つの市場それぞれで基準が設けられている。
現在、グロース市場には「上場10年経過後、時価総額40億円以上」という上場維持基準があるが、これを2030年から「上場5年経過後、時価総額100億円以上」へと見直すこととしている。
その目的は、上場後における早期の成長や、企業間のM&Aを促すことだという。また、自社を他の企業に売却した経営者が新たな起業を行い、上場後の世界も知った状態で、一から大きく成長できるスタートアップを創っていく動きにつながることも期待される。
しかしなぜ“5年100億円”なのか。まず100億円という水準については、市場に参加している投資家の層が関係しているという。グロース市場は、個人投資家の参加割合が高い市場であり、株式の売買と保有のいずれも5割以上を個人投資家が占めている。プライム・スタンダード市場に比べると、機関投資家の参加が少ないといえる。
「個人投資家の方に多数参加していただくことは、もちろん市場にとって重要です。一方で、多様な投資家が入ると、さまざまな戦略を持って投資を行う人が共存し、バランスの取れた市場となります。結果、株価の形成や推移が安定する面があるのです。
これまで機関投資家がこの市場に少なかった大きな理由として、グロース銘柄における時価総額の「規模感」がある。グロース市場は時価総額の小さな銘柄が多く、機関投資家のように大きな金額を動かして取引する場合、その売買自体によって大きく価格が変動してしまう可能性がある。もし株価の低い時に株を購入しようとしても、その取引自体で値上がりしてしまい、想定していた価格で購入できないケースもあり得るのだ。その具体的な水準について、機関投資家にヒアリングを行ったところ、中小型株の投資を行う機関投資家であっても、最低でも時価総額100億円が必要という声が多数を占めたという。
そして、5年という期間について、これまで採用されていた10年という時間軸は、「スタートアップの事業環境の変化の速さを考えると『長すぎる』という意見がありました」と礒貝さんは語る。また、上場後に時価総額100億円を超えた企業の9割以上は「5年未満で達成している」というデータもあった。
これらをもとに、5年100億円という新たな基準が作られた。一方で、高い成長を目指す企業に十分な助走期間を確保するため、適用は原則として2030年以降とされている。
100億円に満たない企業のIPOも歓迎
この内容を2025年4月に発表して以降、さまざまな反響が寄せられた。グロース市場を「高い成長を目指す企業が集う市場」にしていくという全体の方向性については「多くの賛同意見をいただきました」と礒貝さんは話す。また、スタートアップにおいては、新たな上場維持基準を見据えて成長戦略を描き直すポジティブな動きが見られているという。
「その一方で、時価総額100億円未満の企業にとって『IPOをしにくくなってしまうのでは』という声もありました。
一方で、時価総額100億円はあくまで「通過点」であり、ゴールではないという。「グロース市場には、未来の日本経済を担うスタートアップの輩出が期待されています。その実現に向けて、時価総額100億円以上の企業も含め、高い成長を目指していただけるよう、東証としても後押ししていきたいと考えています。」と口にする。
そこで重要となるのは、2つ目の施策「高い成長を目指した経営の働きかけ」と、3つ目の施策「積極的に取り組む企業のサポート」である。こちらについては、次回の記事で詳しく紹介したい。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年12月現在の情報です
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グロース市場を「高い成長を目指す企業が集う市場」とするために

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