東京証券取引所は2025年4月、グロース市場の改革に向けた一連の施策を発表した。2030年から「上場5年経過後、時価総額100億円以上」という基準を適用する上場維持基準の見直しに注目が集まるが、時価総額100億円はあくまで「通過点」であり、ゴールではないという。
(前回記事:「未来の日本経済を担うスタートアップを一社でも増やす」 東証がグロース市場改革に着手した理由と狙い)
投資者の期待を踏まえた成長戦略の策定
「グロース市場には、未来の日本経済を担うスタートアップの輩出が期待されています。時価総額100億円以上の企業も含め、高い成長を目指していただけるよう、東証としても後押ししていきたいと考えています。」(礒貝さん、以下同)
東証のグロース市場改革では、大きく3つの施策が行われる。その2つ目として掲げているのが、「高い成長を目指した経営の働きかけ」である。時価総額100億円以上の企業も含む全てのグロース上場企業に対して、投資家の期待を踏まえて自社のこれまでの成長状況を分析し、それをもとに、今後の成長目標やそのための成長戦略をアップデートするよう働きかけるものである。
グロース上場企業は、現在も「事業計画及び成長可能性に関する事項」という開示書類において成長戦略を定期的に開示している。今回の施策では、この書類において開示されている成長戦略について、投資家の期待を踏まえて内容をアップデートすることが要請されている。
「一方で、企業からは、成長戦略を点検・検討するにあたり、投資家から期待される『⾼い成⻑』のイメージや具体的な取組みなど、グロース上場企業としてあるべき姿を示してほしいとの声が聞かれました。」
そこで、東証では、機関投資家との意見交換を踏まえ、「グロース上場企業に対する投資家の期待」を取りまとめている。大きく7つのポイントから、投資家の期待と、それとはギャップがある経営者の考え方をセットで示し、それぞれの解説を提供している。
たとえば、グロース上場企業の経営者からは「売上・利益は着実に成長しているのに、株価に反映されず報われない」という声がよくあるという。しかし、投資家からすると、グロース市場に上場している中小型株については、大型株に比べてより高い成長率を求めていることが多い。加えて、成長が一過性のものではなく、将来的に持続・加速していくものであるということを期待させるような戦略・ビジョンを示していくことが重要となる。
グロース上場企業には、このような投資家の声を踏まえて成長戦略をより良いものへとブラッシュアップし、さらなる成長を実現していくことが期待されている。
企業の前向きな取組みをサポート
上場企業においては、これらの期待を踏まえて成長戦略を見直し、高い成長の実現を目指して積極的に取り組もうとする動きが見られている。そうした中、東証としては、企業の前向きな取組みをサポートするための施策も進めていくという。
これが3つ目の施策「積極的に取り組む企業のサポート」である。たとえば2025年12月末には、投資家が評価しているグロース上場企業の取組み事例(※)の提供を行っている。先述の「グロース上場企業に対する投資家の期待」の各ポイントに沿って、期待に応えた取組みを行っていると投資家が評価している事例がまとめられている。
※事例URL(https://www.jpx.co.jp/news/1020/t13vrt000000dkd4-att/t13vrt000000dkg3.pdf)
また、2026年年明けには、アップデートした成長戦略を投資家にアピールしたい企業をサポートするべく、「高い成長を目指した経営の働きかけ」を踏まえた対応を進めている上場企業を、東証ウェブサイト上の特設ページで一覧化する予定だという。
加えて、グロース上場企業向けのセミナーも順次開催されている。「グロース上場企業からは、機関投資家はどのような方針で運用するのか、何をすれば機関投資家に興味を持ってもらえるのかわからないという声をよく伺います。上場企業の皆様に、機関投資家の目線を知っていただくため、上場企業と機関投資家の対話イベントも開催しています。」と礒貝さんは語る。
「その他、しっかりと高い成長を実現している企業が指数に組み込まれるようにしていくことも考えています。指数に組み入れられた銘柄は市場の資金が集まりやすくなり、株価が上昇し、資金調達もしやすくなります。」
日本の代表的な株価指数のひとつであるTOPIXは、現在、見直しが行われており、2026年10月からグロース市場銘柄の採用も行われる見込みである。また、2026 年3 月からは新興企業の成長性に着目した新指数「JPX スタートアップ急成長100 指数」の算出も開始される予定であり、これらは「グロース上場企業が成長を目指すうえでのメリットにもなる」と話す。
上場後の高い成長につながるIPOに向けて
東証では、グロース上場企業の高い成長の実現を促すべく、以上の施策が進められている。一方で、「上場後」に高い成長を実現していくためには、「上場前」もまた重要であるという。
「言うまでもなく、IPOは成長のための手段です。上場前の段階から、上場市場の投資者がどのようなことを期待しているのかを理解したうえで、IPOを活用してどのように高い成長を実現していくのかをしっかりと考えておくことが重要です。このような、上場企業になるにあたっての期待や責務については、証券会社、監査法人、ベンチャーキャピタルなどの関係者とともに情報発信していきたいと思います。業界一体となって、上場後の高い成長につながる良いIPOを生み出していければと考えています。」
さまざまな関係者の声を聞きながら「一緒に改革を進めていく」
今回のグロース市場改革は、上場会社や投資家など、「さまざまな方の意見を聞きながら進めています」と礒貝さんは説明する。
「日本で大きく成長するスタートアップをいかにして生み育てていくかという議論は、数十年にわたる難題であり、制度や仕組みを少し変えれば解決するような簡単な話ではありません。関係者へのヒアリングの際に感じたとおり、重要なのは、このグロース市場において『高い成長を目指す』という文化を根付かせていくことであり、それには企業、投資家、市場関係者などが一体となって前向きに取り組んでいくことが大切です。そのため、関係者の皆様の声を伺いながら、一緒に改革していく姿勢を意識してきました」
グロース市場改革はまだ道半ばであり、これからもさまざまな人たちと一体で進めていく。
「改めてこの取組みの大きな目的は、未来の日本経済をけん引するようなスタートアップをグロース市場から生み出していくことです。政府の「スタートアップ育成5か年計画」の冒頭にも書かれているとおり、今では世界で活躍する大企業も、最初はスタートアップでした。そのような企業を今後も輩出していくために、私たちは『高い成長を目指す企業が集まる市場』として、グロース市場を発展させていきたいと考えています」
なお、現在は、グロース市場で一定の成長を見せたら「プライム市場に移行する」という企業も多いが、決してその路線がすべてではない。仮に十分な成長を実現した企業でも、さらなる高みを目指すためにこの市場に居続けるという選択肢もあり得る。
「プライム・スタンダード・グロースの市場は並列関係にあり、それぞれに個性があります。
高い成長を目指す企業が集まり、次代を担う一社を輩出していくーー。グロース市場改革が見据えるのはこうした未来であり、今般の一連の見直しは、そのための重要なステップといえる。東証では、目指すべきグロース市場の構築に向けて、今後もさまざまな施策を打ち出していく。
(取材・文/有井太郎 撮影/森カズシゲ)
※記事の内容は2025年12月現在の情報です
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