韓国中南部の都市、大邱(テグ)は、ソウル、釜山に次ぐ、韓国第3の経済圏。日本から直行便もあるため、日本人の旅行客やビジネスマンも多い。


その大邱から、京釜線で北西へ30分ほどの場所に「倭館」という駅がある。慶尚北道の漆谷(チルコク)郡にあり、「ウェグァン」と読む。

日本の歴史に詳しいなら、「倭」という時点でピンと来るだろう。倭館は、15世紀初め、日本からやってきた使節団の接待や宿泊などのための施設が由来。なお、韓国における「倭」は蔑称なので、決して良い意味ではない。


倭館は当時、朝鮮半島の各地にあったが、現在も地名で残っているのはここだけという。豊臣秀吉の朝鮮出兵時、日本軍の物資拠点でもあったそうだ。今も、学校や市場、公園などの名称でも使われている。旧・倭館鉄橋には汽車も通る重要ルートだった。


今、電車を降りて倭館駅からしばらく歩くと、大きな川が見えてくる。洛東江(ナクトンガン)である。ここに、新・倭館鉄橋がかかり、歩行者と自転車のみ通行できる。
電車と自動車は別の橋が近くにある。

新旧ある倭館鉄橋、日本との関係以上に悲惨な歴史があるのが、現地の記念碑で読める。


1950年の朝鮮戦争時、北朝鮮軍の猛攻を阻止するため、韓国・米国軍は旧・倭館鉄橋の一部を爆破し、釜山への進撃を止めるための防衛ラインをこの倭館に敷いた。そのためにここが激戦地となり、軍関係者だけでなく周辺に住む避難民にも大きな被害が出た。

だが、ここで北朝鮮軍の進撃を食い止め、韓国・米国軍の反撃が始まった。そのため、今も倭館鉄橋は「護国の橋」と呼ばれ、英雄の地となっている。


新しい橋を渡った先に、「THE Bridge」というカフェがある。10時開店直後に行くと空いていたが、その直後から客が次々とやってきた。値段はやや高めだったが、カフェから望む川と橋の景色が素晴らしかった。韓国人に聞くと「人気のカフェ」とのことだ。


橋の近くに、エコパークもある。公園の名称としては朗らかだが、丘の上に登ると、墓が並ぶ。
激戦で犠牲になった人々を弔う碑が並ぶ。75年ほど前にこの地で起きた悲惨な歴史が、今も伝わる。

(Written by AS)



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