【田園日記~農と人の物語~ Vol.31】震災を乗り越えて生産再開。ぷりぷり食感の「ナメコ」
養鶏場の規模拡大のため、移住を決意
高知県南西部に位置する大月町。その山間地に、近代的な建物が整然と並んでいます。窓のない平屋の建物は、工場にも見えますが、じつは「システム鶏舎」と呼ばれる最先端の養鶏場。経営しているのは、肉用鶏を生産する「株式会社ヤマニファーム」代表の井上孝秀さんです。
「この一棟だけで、広さは四百三十坪。二万五千羽が飼育されています」
と孝秀さん。驚くのはその規模だけではありません。
「鶏の飼育でいちばん重要なのは、温度管理です。
孝秀さんは平成二十年に、四国で初めてこのシステム鶏舎を導入。以来、飛躍的な規模拡大をしてきました。年間の出荷羽数は約百五十万羽で、令和二年に四国で一位になり、「令和六年度全国優良畜産経営管理技術発表会」では、最優秀賞に輝きました。
でも、ここまでの道のりは、平たんではありませんでした。孝秀さんは、県外から移住してきた一人でした。
孝秀さんの出身は、愛媛県宇和島市。二十二歳のときに、家業の養鶏を手伝い始めました。転機が訪れたのは一年後。父の明さん(76)から「大月町に、高齢で廃業を考えている養鶏場がある」と聞いたのです。当時、結婚して、子どもが生まれていた孝秀さん。
「家族を養うためには、規模の拡大をするしかない」
そう考えて、移住と独立を決断しました。しかし、一人で養鶏業を営むのは初めて。失敗も多く、寝る間を惜しんで働いても、収益はなかなか上がりませんでした。
地域からの信頼なしに養鶏は続けられない…
そんな苦しい生活のなかでも孝秀さんは、たいせつにしてきたことがありました。
「自分たちは移住者です。地域からの信用がだいじ。でないと養鶏は続けられない」
鶏舎の衛生管理や排水対策に力を入れ、地域の行事にも積極的に参加しました。愛媛県立宇和島東高等学校時代、硬式野球部で甲子園に四度出場した経験がある孝秀さん。地域のソフトボール大会では”引っぱりだこ”となり、たくさんの仲間ができていきました。
平成十三年の高知県西南豪雨と二十四年の台風一一号では、養鶏場が深刻な被害に遭いました。しかし、そのときに助けてくれたのも、地域の人たちだったと振り返ります。
「地域のみなさんが、片づけを徹夜で手伝ってくれたり、水を運んでくれたり、ほんとうに助けられました」
地域の人たちに恩返しをしたい。
鶏ふんを使った堆肥づくりで、農家仲間を助けたい
そして、その思いは意外なことをきっかけに、実行されることになります。
システム鶏舎を導入して以降、順調に規模拡大をしてきた孝秀さんでしたが、新たな悩みも生まれていました。増え続ける鶏ふんの処理に、大きな費用がかかるようになっていたのです。そこで思いついたのが、鶏ふんを使った堆肥づくり。地域の農家仲間が、肥料の高騰で頭を抱えていることも知っていました。
「みんな困っとるなら、みんなでつながって、みんなでよくしよう!」
令和二年、孝秀さんの発案で「大月町畜産クラスター協議会」が発足しました。その仕組みは、こうです。孝秀さんがつくった良質な鶏ふん堆肥を、農家にほぼ無償で提供。農家のコストダウンや野菜出荷量の増加に貢献すると同時に、生産された飼料米をJAの飼料会社で配合飼料にします。
その飼料を、孝秀さんの養鶏場で使用します。生産された鶏肉をブランド化して「よさこい尾鶏」と命名。
さらに令和三年からは、レモン栽培への挑戦も始めました。
かつては町の主要産業の一つだった葉タバコ栽培。しかし近年は、やめる農家が続出していました。孝秀さんはそんな農家と交渉し、七ヘクタールの農地を取得して栽培を始めたのです。
「レモンに目をつけたのは、鶏肉と相性がいいから。いっしょに販売できると考えました。堆肥もバンバン使えるし、ゆくゆくはレモンを餌に混ぜてみたいですね。うちにしかできない”循環型農業”をやってみたいです」
孝秀さんは目を輝かせます。
その視線は、出荷羽数が四国一の規模になった後も満足することなく、つねに未来へと向けられています。
現在、孝秀さんはシステム養鶏のバージョンアップに取り組んでいます。
「だれでも、どこでも、同じように養鶏ができる技術を確立し、次の世代につなぎたい」
同時に、人口が減り続けている町の未来のために、自分にできることを探し続けています。
「だれかを当てにせんと、まずは自分で動くこと、つながっていくことがだいじやと思っています。つながれば一プラス一が二じゃなくて、何倍にもなるんですから」
養鶏を生業とする自分を育ててくれた、第二のふるさと”大月町”のために。
「これからも、いろいろな人を巻き込みながら、大月町を盛り上げていきたい!」
孝秀さんは燃えています。
※当記事は、JAグループの月刊誌『家の光』2025年6月号に掲載されたものです。
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