【画像を見る】佇まいは50年前と変わらない!?中村雅俊さん
——『俺たちの旅』は、1975年に放送されて大人気となった青春ドラマ。50年ものときを経て初の映画化ということで、ファンの方もとても楽しみにされていると思います。
1年間の連続ドラマのあと、『十年目の再会』(85年)、『二十年目の選択』(95年)、そして『三十年目の運命』(2003年)と10年おきにスペシャルドラマも作られてきたんですが、シリーズ監督の斎藤光正さんが他界されてしまい、残念ながら40年目は実現できなかったんですよね。
——今回、中村さんが監督を務められたのは、脚本の鎌田敏夫さんのご指名だったそうですね!
そうなんですよ。鎌田さんとは、俺のデビュー作『われら青春!』からのお付き合いでたくさんの作品に出演させてもらったので、育てていただいたという気持ちが強いんです。
ありがたいことに、鎌田さんが『俺たちの旅』という作品を心から愛してくださっていて、今回「50年目をやろう」とおっしゃったのも、鎌田さん。そんな鎌田さんから「監督は雅俊しかいないだろう」と言われたら、もう断れませんよ!(笑)
初監督と主演の兼任は苦労の連続!
——今回が映画初監督ということですが、大変だったことはありますか?
テレビとビデオの監督は経験があったんですが、映画の監督がまさかこんなに大変だとは…。
とにかく、やらなくてはならないこと、決めなくてはならないことが山のようにあるんですよ。どこで撮るのか、みんなが何を着ているのか、何を食べるのか…すべてを決めなきゃいけない。
——しかも、ご自身が主演も務めながらですもんね。
そう。
しかも、編集作業では同じシーンを何度も観るから、その度に「うわぁぁぁ」ってなっちゃう(笑)。
50年経っても変わらない「人の本質」
——試写を拝見して、回想シーンの3人がどの年齢のときもご本人だということに、とても感動しました。
滅多にできることじゃないですよね。だからこその説得力があると思うんです。
でも、映像で見ると50年という時間の流れにびっくりしますね、顔が変わってて(笑)。本人に間違いないんだけど、やっぱり生きてきた歳月が刻まれているな、と。
——逆に、50年経っても変わらないことはありましたか?
人の本質は何年経っても変わらないんだな、と(田中)健ちゃんや、秋野(太作)さんを見てて感じましたね。仕事の経験を積んだり、結婚したり、人の親になったりという人生の「オプション」は誰にでもあるけど、そういうのを取り払うと変わらないな、と思います。
俺は今年75歳になるわけだけど、まだ大人になりきれていない感じがする(笑)。世の中的には立派な年寄りなんだけど、自分では実感がないんですよね。
夫婦円満の秘訣は、奥様の手料理と「100通りのルール」!?
——ウォーキングなど、日頃の健康管理で気をつけていることはありますか?
特にないです。ただ、妻が食事には気をつかってくれています。妻は料理のレパートリーが広くて、得意料理が60種類くらいあるんですね。俺はその料理名をスマホにメモしていて「今日は何が食べたい?」って聞かれたらそれを開いて答えるようにしています。
昨日も聞かれたから「ちょっと待って……すき焼き!」って。これ、いい方法でしょ(笑)。
——それは素晴らしいですね!奥様への気遣いも、夫婦円満の秘訣でしょうか?
うちの場合は、そうかもしれません。俺はいつも言うんだけど、100組の夫婦がいたら、100通りのルール、やり方があるんですよ。
「自分たち夫婦にとって何がベストか?」。それを見つけることが大事なんじゃないかな。
女川町でのぜいたくな食の思い出「ホヤはフルーツみたい」
——中村さんは宮城県女川町のご出身ですが、育った環境がご自身の人生観や生き方に影響していると感じますか?
俺がまだ小さいときに親父が亡くなってしまったので、母は女手ひとつで、俺とふたりの姉を育ててくれたんですけど、自由にやらせてくれる母親でしたね。
高校や大学を選ぶのも、役者になるというのも、全部事後報告でしたが、スッと受け入れてくれて。
——女川町の思い出は?
東日本大震災で有名になってしまったけど、俺が育ったころは海の恵みに支えられた小さな町でね。ただ、漁師が多かったせいなのか気が荒いところもあって、女の子と歩いていると怒鳴られたりしました(笑)。でも、情に厚くて良い町でした。
——食の面ではどうですか?
魚に関しては、本当にぜいたくだったよね。採れたてを食べるのが当たり前だったから。
ホヤって苦手な人が多いけど、あれは時間が経つと臭みが出ちゃうんです。取ってすぐのホヤはフルーツみたいな感じで、めちゃくちゃうまい!
あとね、町に鯨の解体場があって、作業があると海に血や肉片が流れるから、それを目当てに魚が集まってくるんですよ。だから釣り糸を垂らすと、どんどん釣れる。
もちろん鯨も食べたし、当時はアワビを取ってもよかったから、取ったそばからその場で食べてました。うまかったね。
限られた時間をどう生きるか?「70代の実感」
そんな女川を出て俳優になって、52年が経ちました。
『五十年目の俺たちの旅』のオメダのセリフに「残り時間が限られている」というのがあるんですけど、あれは70代の実感ですよね。
死は確実にやってくるものだけど、それがいつだかはわからないわけで、どのくらい時間が残っているのかは、誰も教えてくれない。
だったら、どういう生き方をして、突然やってくるかもしれない死を受け入れるんだ? と自分に問うわけです。そうすると、自分がやりたいこと、一緒にいたい人、食べたいものの輪郭がハッキリしてくる。それをひとつずつ大事にして生きていきたいですね。
といいつつ、びっくりするくらい長生きしちゃうのかもしれないけど(笑)。
※中村雅俊さんのインタビューは、月刊誌『家の光』2026年2月号にも掲載されています。
https://www.ienohikari.net/press/hikari/
【プロフィール】
なかむら・まさとし
1951年2月1日生まれ、宮城県出身。慶応大学在学中に文学座附属演劇研究所に入所し、ドラマ『われら青春!』(日本テレビ系)の主役に抜擢されデビュー。挿入歌『ふれあい』が大ヒットとなり、以来、俳優・歌手として活躍。主な出演作は映画『サンセット・サンライズ』、ドラマ『終幕のロンド ーもう二度と、会えないあなたにー』など多数。
【映画情報】
『五十年目の俺たちの旅』
1975年から放送され、若者を中心に圧倒的人気を誇った青春群像劇。
1月9日(金)より全国ロードショー
配給NAKACHIKA PICTURES
Ⓒ「五十年目の俺たちの旅」製作委員会
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