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村上春樹の作品に、しばしば登場するのが玉子焼き(しかも絶対に関西風)。『海辺のカフカ』では、星野青年がナカタさんと朝ごはんの定食に玉子焼きをつけ、『アフターダーク』では、高橋がマリを「うまい卵焼きを出す食堂がある」と早朝のデートに誘う。結局、マリには断られてしまうのだが、次に会うときには「政治的に正しい、おいしい卵焼きを食べよう」と再プッシュ。デートの口実に玉子焼きを2回も使っている。
村上作品にたびたび登場するオムレツには、なぜか野菜が入っている。『ノルウェイの森』で、緑にレストランで声をかけられたとき、「僕」が食べていたのはマッシュルームのオムレツ。『海辺のカフカ』でナカタさんが星野青年に作る朝ごはんは、ピーマン入りのオムレツ。同じく『海辺のカフカ』で、カフカが森の中で佐伯さんと思われる少女に作ってもらうのも野菜入りのオムレツ。村上は、オムレツ専用フライパンを持っているほどのオムレツ通だという。
『ノルウェイの森』で、大好きな直子が亡くなってしまい、空っぽになったワタナベ君は、レイコさんと2人で「寂しくないお葬式」をする前にすき焼きを食べている。大事な人を亡くし、どうしても寂しい気持ちが消えないときにすき焼きを選ぶセンスはまさに村上ワールド。
◆ケトル VOL.08(8月10日発売/太田出版)