80年代中期の『巨神ゴーグ』『アリオン』を経て、アニメ業界から身を引くタイミングを窺っていたという安彦だったが、結果的にアニメ監督の引退作となった『ヴイナス戦記』は、なぜ彼の中で封印作品になったのか? 2018年11月20日発売の『CONTINUE Vol.56』で、安彦は当時の状況についてこう振り返っている。
「当時、相手にしてくれるメディアが学研しかなかったから。徳間書店の『アニメージュ』からはそっぽを向かれ、角川書店の『ニュータイプ』は永野護あたりを盛り立てて自社ブランド志向を打ち出してた。アニメ誌を出している出版社を何とか頼りにしようと思ったら、あとは『アニメディア』を出している学研しかない。ちょうどそのタイミングで、当時の編集長の倉田幸雄さんが声をかけてくれて。それで(『ヴイナス戦記』を)描かせてもらうことになった」
そんな経緯で、『ヴイナス戦記』は学研の漫画雑誌『コミックノーラ』で連載がスタート。原作を描く段階で、「『アニメにするぞ』という気持ちしかなかった」という安彦だが、1枚のハガキが、そんな野望を粉々に砕いてしまった。金星に人が住めるための理屈をはじめ、土地や地形に至るまで、かなり凝った設定だったが、「金星の自転の方向が間違っている」という指摘が寄せられたのだ。
「それはすごくショックだったんだよね。『ここは永久に夕暮れだ」というような大前提がひっくり返ってしまった。もうやっていても仕方がないなと思いつつも、『そういう間違いがあったから辞めます』とも言えない。『スペースコロニーは実現不可能だ』とか『宇宙戦艦ヤマトがタイムパラドクスを考えていない』なんて指摘されても、『あれはもともとウソ話』と言い逃れできるけど、自転の方向を間違えるというのは言い逃れができない。『すみません、勉強不足でした』と謝るしかない。
そのときに、当時の編集長だった鈴木克伸さんが『どうしますか?』って聞いてきた。だけど、いまさらやめるわけにもいかないから『無視する』と返事して。でも、それはずっと心に刺さっていた。この1作で何かを見せようと自分を励まして青息吐息でやっていたけど、この指摘はかなり堪えたね」
それでも同作はアニメ化されたものの、興行成績はふるわず、「誰も止めないし、『引退』なんて言える場もなかったから、人知れずひっそりと辞めてしまった」と語る安彦。結果的に『ヴイナス戦記』は、
「全世界的にも、ひとつの時代の終わりという圧倒的な節目だった。昭和も終わって、手塚治虫も死んで、美空ひばりも死んだ。とにかく『終わっていくな』っていう感覚がものすごくあった。そういう思いがあった作品だったから、それを封印して、思い出したくもないから人にも見せないという形で30年が経ってしまった」
という“封印作品”になってしまったが、先日、さる事情で久々に作品を見直したところ、抱いた感想は「案外よくできてるな」というものだったそうだ。
◆CONTINUE Vol.56(2018年11月20日発売)
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