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仮に、「不良」と呼ばれるような18歳、19歳の少年が5名いたとします。そして、あなたの企業の社長がその少年らを雇用し、「この5人が今日から君の部下だ。このメンバーをうまくマネジメントして、ビジネスを成功させてくれ。経営者になるトレーニングだと思って、頼む」と言ってきたら、あなたはどうしますか。
不良少年たちは、エネルギーは有り余るほどありますが、仕事など本気でやる気がありません。もちろん、あなたが腕力で押さえつけることなど到底できなそうな「猛者」ばかりです。マネジャーとして、あなたはまずどのように考え、行動するでしょうか。
こういう状況で、マネジャーが最初に意識すること(優先順位)は、大きく2つに分かれます。
(1)業務や作業を整理して伝え、なんとか仕事をさせようとする
(2)メンバーと対話をし、その人間の性質を把握しようとする
日本人のマネジャーに圧倒的に多いのは、(1)の方です。まず業務を明確にし、そのやり方を教えながら、何とか「やらせる(やってもらう)」方法を必死に探します。
この方法は、確かに即効性はあります。
片や、(2)のマネジャーは何をしようとしているのでしょうか。このタイプは、個々のメンバーの内面にある価値観、情熱、動機(モチベーション)の源を探ろうとしています。対話を深めることで、相手を理解することができます。一見乱暴そうに見える少年も、実は「仲間を大切にする心」「誰かにありがとうと言ってもらえた時の感動」といったものに生き甲斐や価値観を感じている場合があります。
すぐれたマネジャーはまず人間の中に眠っている価値観、興味、関心、目的意識を対話で探ろうとします。その上で、メンバー個々の目的と組織全体の目的を繫げ、それをメンバーと「共有」していきます。そうすることで、社員は「上からの指示」ではなく「自分のこと」として仕事の目的を捉え、主体的に動けるようになり、その結果仕事が面白くなり、様々なチャレンジをすることで人が成長して事業が回るというサイクルに入ります。
この二通りのマネジャーの違いとは何でしょうか?「前者は『業務』を、後者は『人間』を見ている」という違いです。(1)のマネジャーが最も重視する優先順位は「業務の遂行」です。一方、(2)のマネジャーは、「人間という資源」とその可能性に注目しています。
深い水源のように、人間には外から見えない能力や特長が眠っていて、それを掴めば、優れたパフォーマンスを発揮できるものだと信じています。その人間の力を引き出し、組織としての成果に繋げることが最も生産的だと本能的に知っている人です。
◆社員の力を信じて経営に「参加」させる
この「不良」という例は、有名な実在する企業を参考にしています。「札付きのワル」を集めて事業を成功させている「玉子屋」というお弁当屋さんです。メディアでもよく紹介されているこの「玉子屋」のメンバーの大半は、手に負えないような不良少年だった人たちばかりです。同社創業者の菅原勇継さんは、このように話されています。
〈箸にも棒にもかからない悪ガキばかり集めてスタートしました。その後も積極的にそうした子を雇ってきた。野性味があり、人から褒められた経験が少ないため、お客さんや私に褒められるのが嬉しくて、頑張る子が多いからです。
菅原さんは、人の持つ能力や価値観(大切にしていること、嬉しいと感じること)という経営資源を生かしきれるビジネスを考案しました。決して「ビジネスゴール(結果)」ありきで、若者たちをその型にはめて作業をさせようとはしなかったのです。遅配や廃棄が致命傷になりやすいお弁当業界で、この「元悪ガキたち」は協力して知恵を絞り、連携し合いながら、約0.1%という驚くべき廃棄率の低さを実現しています。
余談ですが、米国の一流MBAであるスタンフォード大学経営大学院の教授と学生が、この玉子屋を視察に来たエピソードは面白いです。「ビジネスモデル」や「戦略」を調査しに来たわけではありません。高収益を上げ、且つ社員がイキイキと楽しく仕事をし、個人の人生プランも実現している経営手法とユニークな人材育成方法に彼らは注目しました。テレビのインタビューに答えたスタンフォードの学生たちのコメントが、これもまた秀逸でした。
「我々(MBA)の考え方では、分析不可能な事例だ」
実は玉子屋の成功は、マネジメントの本来の意味からすれば理にかなっています。しかし、全米有数の超優秀なビジネススクールの学生からすると「分析不能」というのは、これもまた興味深いです。
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玉子屋の成功は確かに“奇跡”だが、その背景を丹念に探れば、それが決して奇跡ではなく、むしろ必然だったことが理解できる。マネージメント能力ひとつで成否が大きく変わるのも、ビジネスの大きな醍醐味だろう。
◆『ノルマは逆効果』藤田勝利(2019年2月19日発売/太田出版)