編集者の著作権基礎知識 「アイディアには著作権なし」とは?の画像はこちら >>

仕事を始めたばかりの編集者が、つまづきがちな「著作権」。肖像権、引用作法、美術や音楽の著作物性、著作物使用料、アイディア、新聞、広告の利用、保護期間、二次利用、送信可能化権、著作物利用契約、出版権設定契約……。

書籍や雑誌の編集者は、多種多様な著作物を正しく取り扱う必要がある。あらゆるクリエイティブに成立するようにも思える著作権。「アイディアには著作権なし」とは……?

*この記事は、現在発売中の『新版 編集者の著作権基礎知識』から一部を転載したものです。

いけ花、雪像、氷像など

書籍はもとより、新聞の家庭欄や女性雑誌、町内用のパンフなどに「いけ花」の写真が記事に添えて掲載される。テレビなどの画像にもいけ花が出てくる。そこで、いけ花は著作物なのか、非著作物なのか──と迷う編集者もいることだろう。①他人のいけ花の作品を、②写真に撮って、③「私的に、あるいは引用の目的」などではなしに、④複製して公表してよいか、という疑問を持つ者がいるであろう。

消える著作物 結論的にいえば、いけ花は、多くの場合、著作物とされる。造形美術といえる。美術の著作物の「範囲」に入る。著作権法の保護の対象となる。花をいけた者すなわち創作者の私的な「財産」なのである(佐野文一郎、鈴木敏夫『改訂 新著作権法間答』出版開発社、1974年、102ページ)。

いけ花と同じように考えられるものに、札幌の雪まつりなどの雪像がある。

雪像は著作物とされる。それを延長して考えると、冬の街でみかける雪だるまにも、それが、よほど特殊であれば著作物性があり得る。中には、創作性のあるものもあるかも知れないが、定式化されたものだから、著作物だと言いきると、雪だるまについては異見があるに違いない。著作物の概念を雪だるままで拡げて考えることは無理だ。夏のパーティーで氷の彫刻が飾られる。氷像は、木彫と同じように著作物として保護の対象となる。美術の著作物といえるかどうかの認定にあたって、素材のいかんは関係がないからだ。素材は、花であれ、雪であれ、氷であれ、ねん土、紙、何でも有形であればよいのである。そして耐久性を問う必要もない。創作され、外面的形式が整えば、変形したり雲散霧消することがあっても、その原形をつくった者は、その作品について、美術の著作物の著作者として著作権を主張できる。著作物と非著作物の差は大きい。著作権法は2条で著作物を次のように定義する。
「思想又は感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」

思想にもいろいろあるし感情にも濃淡はあるだろうが、それを自分流に、個性的に表現すれば、その外面的形式は「著作物」ということだ。因みにパッチワークやモザイクアートなども工芸的だが、場合によっては美術の範疇と考えてよいであろう。

いけ花は右の理由によって、一般に美術の著作物とされるが、しかし、一輪ざしとか、投入れといわれるような場合は、著作物とはいえない。自然に依拠することによってのみ形式が成立しているからだ。自然によりかかって、そのままでまとまったとする作品であるからだ。神の創造やサルの作ったものはダメなのである。一輪ざしについては、神の造形のままなので著作権の主張は遠慮したらどうか、ということである。それを撮った写真は著作物である。

「権利」のある「いけ花」の写真や映像による伝達

いけ花は、時間とともに朽ち果てる。いけ花という造形美術はレンズによる二次的な複製によってのみ、新聞、雑誌、テレビなどに、その姿を現わすのである。

立体的ないけ花──それを、ひとつの角度を選んで平面に複製する。ひとつの視点、ひとつの美意識が、新しく「写真の著作物」を生み出す。

これまた、いわば美術的な著作物だ。その写真なり映像は、原著作物たるいけ花の著作権と並行して、多くは撮影者に権利が発生。「いけ花」などの写真を出版物に取り込んで発行するにあたっては、写真の権利者だけでなく、その被写体となった、いけ花の制作者=著作権者の許諾を要する。このことを、写真著作者も編集者も、うっかり忘れてしまいがちである。

契約は撮影時の確認で いけ花の場合でいうと、写真の撮り方、撮られ方はいろいろあろう。たとえば、
1 いけ花の著作者が、自ら撮影
2 著作者に依頼されて、写真家が撮影
3 写真家が個人として、主体的に撮影──無断公表に注意──
4 媒体に依頼されて、写真家が撮影
など、多様だ。2、3、4などの場合は その関係者が、①権利の所在、②使用の範囲について確認又は約束しておくべし。③「使用」のつど、話し合うという約束もよし。できれば覚書、文書契約が最良。“被写体の著作権者と「写真」の著作権者と編集者”の関係については、あとでも触れる。

書風、画風、キャラクター 「書」なり「絵画」は、美術の著作物。書は美術である。

しかし、書風といわれ、画風といわれるものには著作権は発生しない。風ふうといわれるものは真似してもよいのである。あなたが武者小路実篤のような筆致で野菜を描いて、複製・頒布しても、著作権侵害にはならない。ただし、同じような筆致で、さらに意図的に絵の素材と構成を似せる場合は、ダメとされる可能性が強い。原作者の氏名で再製すれば贋作がんさくである。自分の氏名で公表すれば剽窃ひょうせつだ。武者小路の個別的外面的形式を意図的に踏襲して、類似・酷似させたものは「風」の取り入れ・取り込みではなく「にせもの」なのである。盗作。

複製権の侵害。武者小路の描法をマスターした上で、独自に、しかも違った構図、違った素材で絵画を創るのは自由である。

ピカソ風の描き方の絵が氾濫しているが、多くの場合、著作権侵害とされない。手塚治虫やさいとうたかをの画風だけを学び取って出版しても、その画風で自分の思想や感情を表現したのなら、著作権の侵害とはされない。

その人の著作物なのである。ただし注意すべきは、有名になった主人公──キャラクター絵を借用するとなると、利用の仕方によっては著作権の問題のほかに、不正競争の問題もおき、無断使用は許されないことが多いだろう。

長谷川町子のサザエさんの真似絵を商売に利用して著作権侵害とされたことがあった。日本中が知悉ちしつしているサザエ・カツオ・ワカメなどの顔を無断で使用──つまりキャラクターの利用であるが、それを、キャラクター絵の複製権侵害とした裁判例がある。著名なキャラクターや図柄などの持つ顧客吸引力を借りて、カネモウケに利用する行為は巷ちまたにあふれているが、よくないことだ。俗にいう商品化権(原作者の利用収益権)の問題でもある。

サザエさんの場合は、Tバス会社が、バスの車体の両側面に、サザエ・カツオ・ワカメのキャラクターを絵画として複製したもの。27台のバスが街を走っていたのである。1971年ごろの宣伝行為である。そのバス会社は1800万円以上の金額を、原告たる長谷川町子に支払うよう命じられた(東京地裁・昭和51・5・26判決)。

これは、あまりにも有名な事件で、知的財産権の参考書などでは、それぞれの学者が取り上げて発言している。

アイディアに著作権なし 話をもとに戻す。

書風や画風や「描きぐせ」に著作権なし。いけ花の流儀など、「流儀」には著作権なし。流儀にはパテントなし。流派の方法そのものは、公有と考えてよいであろう。私権の対象になりにくい。「特許」として正しい手順で公認されないかぎり、つまり形式化されたアイディアの「特定の場合」でなければ「私の権利」は発生しない。

法は人間を差別しない。いけ花の師範でも幼稚園児でも、プロでもアマチュアでも等しく著作権者たり得るし、流派の長であろうとも、その「風」に権利を与えはしない。

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『新板 編集者の著作権基礎知識』は2022年4月15日(金)より発売。A5版、256ページ、2,640円(本体2,400円+税)。なお、好評シリーズ“ユニ知的所有権ブックス”は、広告や動画・写真、商標の取り扱いなど、実務に沿った内容毎で1冊にまとめられ、太田出版より不定期に刊行されている。

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Credit:
宮辺尚 × 豊田きいち

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