本格的なコロナ禍に突入し、家族で居酒屋に行くことがほとんどないまま、娘は6歳になってしまった。最近、娘が「焼鳥」ブームなので、今度はお店で焼きたての焼鳥を食べさせてあげたい。
子供と酒場
娘が生まれる前は、妻とふたり、休みが来るたびにあちこちの街へ出かけていって酒場めぐりをした。妻はもちろん酒場も好きだけど、それ以外の、普通のレストランだとか、イタリアンだとか、小洒落たカフェだって大好きだ。にも関わらず、当時その魅力にどんどんハマっていく最中で、とにかくやたらと「大衆酒場」に行きたがった僕に、ひたすら付き合ってくれた。ありがたい話だ。あのころの経験が、今の僕の「酒場ライター」という仕事の基礎になっていることは間違いない。
もちろん、妻が妊娠して以降は、そういう機会がぱったりとなくなった。寂しいけれど、我が家に子供が来てくれるという喜びが勝って、ふたりとも、辛いとか、がまんしてるとか、そういう感覚にはならなかった。
やがて娘が生まれ、1年、2年と経つと、少しずつ慣らしながらではあるけれど、子連れ外食をする機会も増えてゆく。以前にも書いたが、地元石神井公園の名町中華で、今は閉店してしまった「ラーメンハウスたなか」の座敷には、何度もお世話になった。妻の実家に帰省した際には、町田にある馬肉料理専門の老舗酒場「柿島屋」の座敷で昼飲みもしたし、いまや幻となった天国酒場「たぬきや」に連れて行ったこともある。また、娘が初めて行った酒場は、地元の「伊勢屋鈴木商店」という角打ち(酒屋の店頭で飲める)店。昼間からやっていて、散歩の途中に休憩がてらふらりと寄れるから、女将さんには赤ちゃんのころからかわいがってもらっている。
けれども、「小さな子供を連れて夜の居酒屋へ行く」となるとまた別の話で、人によってかなり意見の分かれるところだろう。もちろん僕だって、たばこの煙モクモクの大衆酒場に毎夜子供を連れていき、夜遅くまで飲んでいる、なんていうのはあまり良くないと思う。なかにはそうしないといけない事情のある人だっているんだろうし、全否定はしないけど。
ただ僕は、人一倍酒場文化を愛する者だ。大衆酒場の良さや、いつでもそこで待ってくれている店の人々と、そこに集まる人々が作る温かな空気も知っている。子供を居酒屋に連れて行くこと=悪とは、まったく思わない。そこで娘がだいぶ外食に慣れだしたころ、大好きな地元の沖縄居酒屋「みさき」のテーブル席をひとつ、開店時間の午後5時に予約し、家族で行ってみた。3歳になる直前の娘はまだよちよちしていたが、それでもいつもと違う状況に大はしゃぎし、沖縄風のさかなの天ぷらのはじっこをかじって美味しそうにしたりもしていた。
いいぞ! これからどんどん、家族でいろんな店にいけそうだぞ!
焼鳥ブーム
と、思っていた翌月、日本が本格的なコロナ禍に突入。外食どころか、家から気軽に出かけることすらもままならぬ日々となってしまった。そして娘が6歳になる現在まで、そういう機会は、ほとんどストップしてしまっていた。
ところで最近、娘のなかで「焼鳥」がブームらしい。
そもそも妻が大の焼鳥好きで、子供時代は、近所の焼鳥酒場のテイクアウト窓口へおこずかいで焼鳥を買いに行き、その場でつまんで、店内の酒飲みたちに珍しがられたりしていたそうだ。もちろん僕だって、焼鳥は大好物。なので我が家ではたまに、テイクアウト専門の店で買ってきた焼鳥が夕食のメインの「焼鳥パーティー」が行われる。それがだんだん気に入ってきたようで、「きょうやきとりたべたい!」と、娘からよく言われるようになった。
そんなとき、テイクアウトはもちろん、家でカットした鶏もも肉をフライパンで焼き、半分は塩で、半分はだし醤油などでたれ風に味つけ。皿に並べたらひとつひとつに、つまようじを1本ずつ刺した、1串1肉の“ミニチュア版焼鳥”とでもいうメニューもよく作る。これはそもそも、娘がそうやって作ってみてほしいと発案したもので、通称「ぼこちゃんやきとり」と呼ばれている。酒のつまみに、だいぶいい。
そんな流れから、「焼きたての焼鳥も食べさせてあげたいなぁ」と考えるのは当然のことだろう。テイクアウトや自作ももちろんうまいけど、専門店の、焼き台で焼きあげられてノータイムで届く焼鳥のうまさは別格だ。あんな贅沢な料理はそうそうないなと思うし、確実に日本を代表するグルメのひとつだと思う。娘はもちろん、しばらくあの幸せを味わえていない妻にも食べさせてあげたい。
といっても、カウンター席だけのザ・激渋酒場みたいな店は、当然まだ無理。そう考えると、意外と地元に選択肢が少ない。そこで思いついたのが大手チェーン店の「鳥貴族」。家から最寄りの大泉学園店が、やたらと広く、しかも夕方の4時からやっていて、早めの時間はいつも空いている。妻も「チェーン店でもぜんぜん嬉しい」と言ってくれた。よし、娘の人生初焼鳥屋は、鳥貴族に決定だ!
気分上々↑↑
決行当日。平日の早めの時間なこともあり、店内は予想どおり、ほぼ貸切状態だった。店員さんに広めのボックス席に案内してもらうと、やっぱり個人経営の酒場とは違う気がねのなさがある。どこかファミレスっぽいというか。思わず、「すみません、子供が座れるざぶとんのようなものとかってありますか?」と聞いてしまったら、さすがにファミレスではないので、そういったものはなかったけど、小さなフォークなどの食器を貸してもらえたり、用意のあるなかでものすごく親切に対応してもらえてありがたかった。
娘も最初は、初めての環境にちょっと落ち着かないようだったけど、次第に慣れてきて興味津々にあちこちを指差しては「これはなに?」などと言っている。
さて注文。妻は生ビール「ザ・プレミアム・モルツ」。僕は当然、トリキに来たらの定番「メガ金麦」から始める。ただし、ここからの勝手が、ふだんひとりで来る場合と違いすぎるのがおもしろかった。
いつもの僕ならたいてい、酒はあと1杯。そして、つまみは頼んで2~3品。胃の容量的にそのくらいなのだ。しかも「もも貴族焼(たれ)」と「つくねチーズ焼」は固定枠なので、あと1品。これまた定番で、ちびちびつまめて重宝する「ふんわり山芋の鉄板焼」を頼むか、それとも、別に気になるものをいってみるか、それとも、ストイックに焼鳥2皿のみで攻めるか……。そんなせせこましいことを、延々と考えながら飲んでいるのだ。あらためて客観的に書いてみると、なんともしょうもない男だな、自分。
ただ、この日は違う。メニューを次々と見せては「ぼこちゃん、これ食べてみる? こっちは?」と、まずは娘におうかがいをたててゆく。つくねが食べやすそうなのですすめてみると、塩味なら食べてみたいと言う。この時点で、愛するチーズ焼きは候補から消える。ごはんものも、僕としてはトリキでもっともお得なメニューと信じている「とり釜飯」をぜひとも賞味してみてもらいたい。鶏がらスープで炊いた、炊きたて具だくさんの釜飯、絶対に感動すると思う。なのに、かたくなに「こっちがいい」と言うので、注文は「ご飯セット -温玉添え-」となった。
他、とにかく食べられそうなものということで、「ふんわり山芋の鉄板焼」「とり天梅肉ソース添え」「もも貴族焼(たれ)」「ポテトフライ」などをわーっと注文。ひと段落してからやっと、妻や僕が食べたい「せせり」「ホルモンねぎ盛ポン酢」「塩だれキューリ」なども追加し、結果、テーブルの上がすごいことになってしまった。鳥貴族に来てこんなにあれこれ頼んだのは初めてだぞ。
安心したことに、娘はどの料理もだいたいひと口ずつ食べては「おいしい~」と言っていた。特に気に入ったのはとり天で、どんぶりメシの上にのせてばくばく食べていた。
ただ、娘は早めにお腹がいっぱいになってしまったようで、けっきょく後半はずっと、フライドポテトだけを食べ続けていた。あの、ここ、一応焼鳥屋なんですけど……。
子供と行く居酒屋。やっぱり、夫婦でのんびりと楽しんでいたころとは過ごしかたがまったく変わる。特に妻は、隣に座った娘につきっきりで、楽しめているかがずっと気がかりだった。けれども、こんな経験というのも、今しかできないことだ。また機会を作って、いろいろな店に家族で行きたいと思った。
そういえば、もうひとつだけ印象的だったこと。店内のBGMがかなり大きめで、最初はうるさすぎないかちょっと心配だったんだけど、当の娘は嬉しそうに、曲によってはノリノリで、即興ダンスっぽい動きをしたりしている。僕も妻も音楽は大好きなんだけど、家ではあまり、音楽をかけてゆっくり聴くみたいな余裕がまだなかったので、ちょっと意外な、いいシーンだった。
ちなみに、特に気に入ったのは、嵐の『Troublemaker』と、mihimaru GTの『気分上々↑↑』とのこと。
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パリッコ『缶チューハイとベビーカー』次回第33回は、2023年6月16日(金)17時配信予定です。
Credit: 文・イラスト=パリッコ