1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新57巻が絶賛発売中! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。
「自分たちでたのんだものが来てもずーっと他の店の食べ物の話 しかも予約のとりにくい店だの高級居酒屋だの サイテーだな…」

無粋な客に宗達が怒りをあらわにするエピソードである。庶民的な大衆酒場らしい風情ながら、旬の食材を仕入れ、しっかりと手をかけて料理してくれるような店でひとり飲んでいる宗達。
日本酒を飲み、お通しの「新わかめとシラス」の風味に目を細め、「シャコわさ」の肉厚でむっちりとした歯ごたえを堪能していると、隣のテーブルに座るふたりの客が、予約の取れない人気店の話をしているのが聞こえてくる。その店の和牛のタタキが絶品だったこと、価格は高級だが希少な食材を使っているらしい居酒屋に行ったことなどを、運ばれてきたお通しや自分たちが注文した料理には目もくれずにふたりは話し続ける。
それを横目に、宗達は「なんだよあいつら」「サイテーだな…」とつぶやく。常に目の前にあることを全力で楽しむのが、宗達の酒の飲み方である。どんな酒を揃え、どんな料理をメニュー表に並べているのか、店や店主の雰囲気がどんなふうか……酔いながらもできる限り感覚を鋭敏にして、その場から多くのことを詠み取ろうとするからこそ、その時間が忘れがたいものとなる。どこで飲んでいても、そこを切り盛りする人に敬意をもって真摯に接するのが宗達のスタイルなのだ。
「このまま塩が幅をきかせ続けていたら 天つゆは消滅してしまうんじゃないか」
『酒のほそ道』53巻第24話「天つゆの危機 後編」©ラズウェル細木/日本文芸社前後編、2回にわたってまで“天ぷらの食べ方”が議論されるのが『酒のほそ道』の面白いところだ。天ぷらが評判の居酒屋にやってきた宗達と同僚たちは、マイタケ、イカ、キス、アスパラと早速色々と天ぷらを注文する。
しばらくして注文の品が運ばれてきたが、天つゆがない。すぐに宗達が店主に声をかけると、「ウチのお客様 ほとんど天つゆお使いにならないのでお出ししないことにしたんです」と意外な返事。天ぷらを塩で食べるお客さんが主流となり、天つゆは希望した客にのみ提供するようにしているらしい。
天つゆがないなんてと驚く宗達だが、同席の海老沢くんもかすみさんも、“塩があればそれでいい派“らしい。そこから議論が紛糾するのだが、宗達に言わせれば、塩との相性がいい天ぷらのタネも確かにあるが、天つゆのほうがいいものもある。そして塩と天つゆのどちらにも合うものなら、味付けを変える楽しみも生まれる。
「このまま塩が幅をきかせ続けていたら 天つゆは消滅してしまうんじゃないか」と目を見開く宗達が大げさに見えて笑ってしまいそうになるが、彼にとってこれは、大事な食文化が失われかねない危機なのである。
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次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は7月11日みんな大好き金曜日17時公開予定。
Credit: 漫画=ラズウェル細木/選・文=スズキナオ