不動産を相続した時、何をどうすればいいのでしょうか。本連載では不動産相続の専門家・ともりまゆみ氏が、失敗事例をもとに相続のポイントを解説していきます。
● 判断能力ない本人のためでも、代理での契約行為は無効 ●
法定後見人などに選定されていない場合、精神疾患など判断能力のない家族に代わり契約行為を行うことはできません。(文・ともり まゆみ)
概要と経緯
相談者は長男。次男が10年前に精神疾患と診断され、兄弟・姉妹で生活をサポートしていた。精神疾患の症状が進んだ次男はひとり暮らしが難しくなったため、家族は施設へ入所を検討した。次男は父から相続した土地を所有していたが、入所後は管理も困難。土地売却の契約を長男が中心となり、進めることとなった。
【イメージ図】
どうなったか?
売買代金の受領と所有権移転の手続きをする必要があるため、司法書士による次男の面談があった。しかし、精神疾患の影響で次男の受け答えがあやふやであったため、司法書士は「次男の判断能力がない」とし、手続きは停止。長男は不当な代理契約を理由に買い主から違約金を請求される事態となった。
今回のポイント
・判断能力のない本人のためであっても、代理での契約行為は無効となる
・「成年後見制度」は家庭裁判所への申し立てがまず必要
・後見人には親族に限らず、各士業や福祉の専門家でもなることができる
・認知症などに備えて自分で代理人を選定する「任意後見制度」もある
家裁へ「成年後見開始審判」を申し立てる
家族が認知症や精神疾患などで日常生活がおぼつかなくなった場合、近親者をはじめ親族が生活をサポートすることが多いでしょう。しかし、親族といえども、症状を抱えた本人の代わりに契約行為は行えないことがあります。たとえば、金融機関での定期預金や口座の解約、入出金、施設などへの入所手続き、不動産の売却などです。
日常生活を送るうえで契約が必要な場面はしばしば訪れます。そんなときのために、親族が代理人として契約行為などを行える制度を「成年後見制度」といいます。
成年後見制度は家族が認知症や精神疾患の症状を抱えているからといっても、自動的に利用できるわけではありません。まずは家庭裁判所へ「成年後見開始審判の申し立て」を行います。家庭裁判所は申し立てや診断書、本人との面談結果などを総合的に検討し、成年後見が必要かどうか判断。成年後見人が選定されたら、成年後見制度の利用開始となります。後見人を選定するのは家庭裁判所ですが、申立時に親族を後見人候補とすることも可能です。
司法書士は当事者の意思確認を重視
今回の相談の場合、精神疾患を抱える次男をサポートしていた長男は次男の生活を守るため、施設への入所を考えました。その際、長男は入所した次男が管理や生活資金などで困らないよう、次男名義の不動産を現金化した方がいいと思い、売却を進めました。しかし、いくら長年サポートしてきた家族でも後見人ではない限り、次男の代理で契約を締結することはできません。加えて、不動産売買の所有権移転を担当する司法書士は本人の意思確認を重要視します。もし、次男本人には判断能力がないと司法書士が認めた場合、手続きを進めることはできません。
今回の相談者である長男は次男の代理として、勝手に署名・押印。契約は無効となってしまい、不利益を被ったことを理由に買い主から違約金を請求される事態になりました。
このように後見人ではない親族が行う契約行為は無効となり、トラブルの原因になります。判断能力が低下したご家族がいる人は、必要に応じて成年後見制度の利用をご検討いただき、専門家へご相談ください。
用語説明 「成年後見制度」
代理権などを付与された後見人が認知症や精神疾患、知的障害などで判断能力が不十分だと判断された人の財産管理や生活保全を行える制度。親族などが家庭裁判所へ申し立てをし、家庭裁判所は成年後見が必要かどうかを判断する。家庭裁判所が成年後見人を選任する「法定後見」と症状を抱えた本人があらかじめ任意後見人を選ぶ「任意後見」がある。
[執筆者プロフィル]
ともりまゆみ/(株)エレファントライフ・ともりまゆみ事務所代表。相続に特化した不動産専門ファイナンシャルプランナーとして各士業と連携し、もめない相続のためのカウンセリングを行う。
ともりまゆみ事務所
https://tomomayu.com/
電話=098・988・8247
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