[心のお陽さま 安田菜津紀](39)
 集合住宅前の地面には、黒々とした焦げ跡が生々しく残されていた。
 昨年11月深夜、パレスチナ自治区・ヨルダン川西岸の都市ラマッラー郊外で放火事件が起きた。
火を放っていったのは、入植者たちだった。
 西岸は1967年以降、イスラエルによって占領され、入植地や、そこに暮らす入植者は増加の一途をたどる。昨年7月に国際司法裁判所が、この占領政策を違法とする勧告的意見を出したが、入植者らによるパレスチナ人への暴力は後を絶たないのが現状だ。
 襲撃されたアル・ビレ地区では、駐車場に止まっていた車約20台が次々と燃やされ、集合住宅の5階まで炎が迫った。私たちが現場を訪れたのは事件から1カ月以上たってからだったが、住民たちの不安は増すばかりだった。
 「黒煙で赤ん坊が死んでしまうのではと心配でたまりませんでした」。そう語るのは、幼い娘2人と妻と、この住宅に暮らすゼア・カラクラさんだ。放火事件当時、下の娘はまだ生後6日だった。幸い家族は無事だったが、車は見る影もなく焼け焦げ、今はそのローンが重くのしかかる。
 西岸はA~Cの三つの区域に分けられている。アル・ビレ地区は行政・治安の権限をパレスチナ自治政府が握り、建前上は一定の自治が確保されているはずのA地区だ。それでも入植者は自由にパレスチナ人を襲撃し、その加害はほとんど裁かれることはない。
この環境で生きなければならない人々の恐怖は計り知れないだろう。
 「またふいに入植者たちがやってくるかもしれない、今度は家の中まで侵入してくるかもしれない-娘たちのことを考えると、安心して眠ることもできません」とゼアさんはうなだれる。
 集合住宅の前の壁には、入植者たちの落書きが残されていた。
 「西岸に戦争を」
 その後、ガザ地区では「一時停戦」となったものの、イスラエルの兵力は西岸に振り向けられている。入植者たちもますます勢いづくだろう。日本政府を含め、それに歯止めをかけられない国際社会であっていいはずがない。
 (認定NPO法人Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)
 
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