一つ目は「戦争の危機」だ。
慰霊の日の前日、米軍がイランの核施設を空爆した。
いまだに終結の道筋が見えないロシア・ウクライナ戦争と、イスラエルによるガザ攻撃。これらに続き、新たな紛争が勃発したのである。
県の全戦没者追悼式。危機感は玉城デニー知事による平和宣言にも現れた。
「沖縄から、不条理な現状を打破し、世界の恒久平和のためできることをする」と発信。沖縄が果たすべき役割として、沖縄戦や国際平和の研究を担う国際平和研究機構の創設などを掲げた。
県内には在日米軍専用施設の7割が集中している。米軍嘉手納基地はかつてベトナム戦争の出撃拠点となり、基地を有する沖縄は「悪魔の島」と呼ばれた。
「戦争はもういい」。沖縄戦体験者は口々に悲痛な思いを吐露する。「基地があれば狙われる。
石破茂首相は式典あいさつで「決して民間人が戦に巻き込まれることがあってはならない」とし、防衛庁長官として国民保護法制に携わった際、念頭にあったのは悲惨な沖縄戦だったと述べた。
しかし、ひとたび戦争が起きれば住民犠牲は免れない。それが沖縄戦の教訓だ。
首相の言葉にうなずくことはできない。
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二つ目は沖縄戦の実相をゆがめたり、戦争を美化したりする風潮への危機感だ。
「元学徒の血のにじむような努力を踏みにじり、沖縄戦研究の蓄積をないがしろにするものだ」
ひめゆり平和祈念資料館の慰霊祭。政治家が展示を「歴史の書き換え」と発言したことに対し、普天間朝佳館長はこう反論した。
石破首相は今回、同資料館も訪れた。現職の首相では異例のことだ。
日本軍第32軍の牛島満司令官の「辞世の句」が大本営によって臣民に徹底抗戦を呼びかける内容へと書き換えられたものだったことも最近明らかになった。
大本営は「鬼畜米英」と分断をたきつけ、戦争を続けるためうその戦果で住民をだましたのである。
そうした実相をどう継承するか。
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希望は、沖縄戦の教訓を学び、平和のため行動する若者たちの姿だ。
琉球大学4年生の小原陽奈さんは新潟県出身。高校生の時に沖縄戦とそれに続く基地問題を知り、平和な社会をつくる方法を学ぼうと沖縄への進学を決めた。
慰霊の日は毎年追悼式に参加。今年は前日にイラン攻撃を知り、仲間と共に、攻撃中止を米国へ働きかけるよう日本政府に求める署名活動を急きょ始めた。
戦後80年。危機感を現実のものとしないために。戦争体験者の声に耳を傾け、行動する時だ。