沖縄戦は日本軍の「戦略持久戦」で、軍人より住民の戦死者がはるかに上回っており、県民の4人に1人が犠牲になったと説明。「この冷厳な事実こそが、沖縄戦の最大の教訓として『軍隊は住民を守らない』とされてしまう理由」と指摘した。
戦後80年の節目に「沖縄戦の正しい実相と教訓をあらゆる機会で共有し、継承・発信して平和行政と平和教育の充実を促進する」とした。
◇ ◇ ◇
那覇市議会が可決した平和宣言について、大山孝夫氏は25日、宣言の中で「軍隊は住民を守らない」とする内容が、「住民を守った事実がある中、大きな違和感を覚える」と説明、「(日本軍の)ご遺族に対しやや横暴な言葉」という理由で採決時に退席した。
住民を守った例として1945年5月24日に義烈空挺(くうてい)隊などが、米軍が既に占領した読谷、嘉手納の2飛行場に着陸し、航空機や関連施設の爆破などを狙ったことを挙げ「一時的ではあるが、多く住民を攻撃の手から守った」と強調した。(社会部・末吉未空)