「国宝」の中で吉沢亮さん演じる歌舞伎の女形喜久雄が安宿の屋上で舞う姿に、舞うために生まれた男の舞うことしかできない人生と芸道と仁義と悲哀が詰まっていて、美しいなと見とれながら、喜久雄のたたずまいにあの映画のレスリー・チャンの姿が重なった。
「さらば、わが愛」でチャンが演じた蝶衣は、京劇の女形の大スターだった。中国の激変する社会情勢に常に翻弄(ほんろう)された。だけど、蝶衣にできることは舞うことだけ。舞台化粧で感情も意思も隠し続け、求められるまま踊り続けた蝶衣の瞳から、ある日あふれた一雫(しずく)の涙が観客の胸を突くあのシーンは、やはりもう一度スクリーンで見たいですよね。
(桜坂劇場・下地久美子)
◇桜坂劇場で上映中