「沖縄さかな図鑑」(沖縄タイムス社刊)がベストセラーになった魚類学者、下瀬環さんが、沖縄のまぐろに特化した本、その名も「沖縄まぐろ図鑑」(同)を出版した。沖縄は春から初夏にかけてマグロ漁が盛んになる「まぐろ県」。
下瀬さんが石垣島でクロマグロを研究した成果を、図や写真を交えて分かりやすく解説している。6月16日にジュンク堂書店那覇店で開かれたトークイベントの内容を紹介する。
【登壇者】下瀬環氏(著者)、新城和博氏(ボーダーインク編集者、『沖縄まぐろ図鑑』編集担当)、城間有(沖縄タイムス社出版コンテンツ部)

「沖縄まぐろ図鑑」トークイベント=6月16日、ジュンク堂書店那覇店

城間 下瀬さんは琉球大学を卒業、同大大学院を修了後、国の研究機関で魚類の研究をされて、昨年から岩手大学に教授として赴任されています。今回は、台湾の学会に参加された後、関連のシンポジウムが美ら海水族館であったということで、来沖されています。下瀬さんは、『沖縄さかな図鑑』という、累計1万8000部のベストセラーの著者でもあります。『まぐろ図鑑』を出したきっかけをお伺いしてもよろしいでしょうか?
下瀬 マグロについては石垣島の研究所にいた時に、研究で多くの時間を費やしたこともあり思い入れがあります。さらに研究のためにたくさんの漁業者の方に手伝ってもらいました。研究したら論文を書くんですが、英語なので読んでいただけないし、日本の税金で仕事していますので、日本語で書いて、国内の方々に研究成果を知っていただきたかったというのが一番の理由です。
巻頭グラビアに刺し身
新城 沖縄はいろんなジャンルで研究がされており、その成果を沖縄の人にもっと知ってもらいたい、と思っています。沖縄の人に身近なクロマグロについて知ることができ、編集を担当した僕自身とても勉強になりました。
城間 下瀬さんは中見出しのセンスが本当にすごい。「まぐろ漁はパン喰い競争」とか「まぐろは鰓(えら)まで固い」とか「お金に手を出した生物研究者」という見出しもありました。

新城 中見出しは編集者がつけることが多いですが、今回は全部著者につけていただき助かりました。見ていただきたいのは最初のグラビアページに、刺し身が載っているところだと思います。
下瀬 マグロは日本で5種類捕れますけど、それぞれの見た目が違うので、刺し身で種類が分かります。
城間 この図鑑を読んで、某スーパーで「シビーマグロ」や「よこわ」と書いて売られている刺し身が何マグロなのか分かったことに感動しました。

巻頭グラビアには県内で捕れる5種それぞれの刺し身の写真が掲載されている
水温を我慢して沖縄に
城間 クロマグロといえば、全国的には大間のクロマグロとか言われますが、どうして沖縄でもクロマグロがたくさん捕れるのですか?
 
下瀬 クロマグロが沖縄にたくさんいるのは、季節限定で、4月と5月と6月ぐらいまでです。産卵のために沖縄に集まってくるということが分かっています。マグロの仲間の起源は暖かいところで、北の方に回遊するようになったのですが、卵の時期、仔魚(しぎょ)の小さい時には寒い所では生きていけないので、必ず卵だけは南の方に来て産む生態を持っています。小さい時は暖かさが必要なんだけど、大きくなると今度は体が熱くなりすぎるので、沖縄の水温の熱さって本当は苦手だそうです。
新城 結構、無理してる。
下瀬 無理して沖縄に来てるんです。沖縄に来る時は、水温が低い深い所を潜って泳いできて、産卵して、帰る時も深い所を通って北へ行き、本州あたりまで来て、あ、だいぶ冷たくなったなというところで浅い所へ移動するんです。本には書いてないんですけど。

新城 本に書いてある中では、魚の年齢をどのように知るかっていうのが結構面白かった。
下瀬 クロマグロの寿命は、最高で28歳という記録があります。クロマグロはかつて、寿命が短いから数が変動するんじゃないかと思われていましたが、実際調べてみたら、20年以上生きるものが普通に出てきます。年齢を知るには、昔はうろこや脊椎を見たりしていましたが、今は「耳石(じせき)」を見ます。脳のちょっと奥の下側にある小さくて硬くてもろい耳石を薄く切って薄片にすると年輪が見える。
新城 漁業者にとっては耳石は必要ないから取りませんよね。どう集めるんですか?
下瀬 結構大変でした。年齢査定の研究をするために魚を丸ごと買いますが、例えば私は長崎でマダイの研究をしていた時、ひと月に100匹ぐらいいろんな大きさのものを買って、耳石を取り出して年齢査定をしました。クロマグロは1本何十万、何百万とするので何十匹、何百匹と買えません。(水揚げされたら)長さなど基本的なデータを取った後に、番号がついた札を付けて、それが送られた先の築地とか、今だと豊洲市場で、その札の付いたマグロの頭の骨だけ最後残った部分を現地で購入し、耳石を回収しています。

クロマグロの大きさが印象的な「沖縄まぐろ図鑑」最初のページ

城間 この本の一番最初の写真に出てくるマグロはものすごい大きいですけれども、何歳ぐらいですか?
下瀬 大きく見えるけど、一緒に写っている男性が小さいだけで、270キログラムぐらいでした。これぐらいの規模だったら、20年、少なくとも15年ぐらい生きてると思う。
10年調査して最大の個体は400キログラムでした。
新城 年齢は大きさに比例するんですか?
下瀬 必ずしもそうではないです。個体差がかなりあります。また、マグロはどの時期がおいしいのかというデータを取ったことがありますが、やはり若い方がおいしいですね。年を取っている分、どこかしらに傷があったり、血のまわりが早かったり、そういうのが見たら分かりますね。
どこの市場に送るか
新城 産業の側面から書かれていることも印象的です。
下瀬 漁業者の関心はやはりいくらで売れたかです。漁期の最初の頃は脂も乗っているし、築地で魚が少ないから高く売れるんです。最初のものを送ったら、次の日の朝8時とか9時にはいくらで売れたかって情報が漁協に来ます。生きて上がってきた魚は高く売れる、脂が乗ってれば当然高く売れる、他にもいくつかの要素があって値段が決まります。漁業者や漁協の目利きの人は、そういう情報を知っていて、多分これぐらいで売れるだろうと予測し、築地だけでなく関西、熊本、どこの市場にどの魚を何匹ずつ送ればいいかと考える。
新城 商売的にはメジャーなところに売るわけですが沖縄でも出回っている。

下瀬 沖縄では県外に送ろうと思ったら輸送コストがかかるので、それなりに、高く売れるものを送らないといけないわけです。いい魚は、まず目利きがそろっている築地へ、細心の注意をはらって、本当にいいものだけを送る。ちょっとグレードの落ちるものは、別のどこに送ろうかと悩んで。今回は水揚げが多すぎるから、ここに何匹送ったら島で食べようかという感じです。(沖縄で出回るのは)グレードは下の方にはなるが、あれだけ安いクロマグロが出回っているのはいいなぁと思います。
城間 沖縄では生のマグロが食べられることをPRしています。
下瀬 焼津など遠洋漁業の基地のある港だと、1回冷凍して解凍されたマグロがお店に出てくる。沖縄では漁場が近く、1年中取れるので、取ってきて、すぐ水揚げしてすぐにお客に食べさせることができる。冷凍する必要がないんです。
マグロは増えている?
新城 マグロはどんどん減っているのではないかというイメージがあったんですが、そうでもないと書かれているのが意外でした。
下瀬 2014年に始まった漁獲量の制限が功を奏していると思います。元々マグロは、数十年周期で増えたり減ったりを繰り返していた、ということが漁獲統計などから分かっています。
たまたま2014年の会議のちょっと前の2010年ぐらいに、魚が少なくなった時期があったんです。けれど、その後、回復傾向になり、今かなり増えてきている。
新城 単純に捕らなかったから増えたっていうことだけでもないっていうことなんですね。
下瀬 管理が始まる前からもう増加傾向は出ていた。でも管理することによって、増え幅は間違いなく増えてると思います。
城間 今回は、漁獲枠が増えたことがニュースになっていました。その漁獲枠を、これは5月24日の沖縄タイムスですけども、沖縄県内ではもう使い切ってしまったというニュースがありました。

下瀬 国際会議の中で日本の漁獲枠が決められ、その枠を都道府県ごとに割り当てます。沖縄県は何トンまで捕っていいという量を決めた時の基準が、魚が少ない時だったので、少ない量しか割り当てられなかった。最近は資源が多くなってきたので、日本が割当量の増加を要望して認められ、本年度は増えた。かなり増えたはずなんですけど、それでもすぐ上限に達するぐらいマグロが捕れたので終わりになったんですね。
謝辞が8ページの理由
新城 知的な興味からマグロの味まで味わえるというのがこの本のいいところ。
あともう一つ、8ページに及ぶ長い謝辞も特徴です。
下瀬 漁業者の方の協力なければ研究はできませんから。漁業者1人1人との思い出を記したいと思ったら、長くなった。
新城 そういうつきあいの中から調査があるのですね。
城間 沖縄でマグロの本といったら『沖縄まぐろ図鑑』。読者の皆様と「まぐろ県沖縄」を盛り上げていけたらいいなと思います。
「沖縄まぐろ図鑑」は2420円(税込み)。書店(インターネット書店含む)、沖縄タイムス販売店、ネットショップ「沖縄タイムスの本」(https://shop.okinawatimes.co.jp/)で販売中。

 
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読めばマグロがもっと味わい深くなる!  ベストセラー「沖縄さかな図鑑」の著者が「沖縄まぐろ図鑑」を出したワケ
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クロマグロの大きさが印象的な「沖縄まぐろ図鑑」最初のページ">
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