漫画家・手塚治虫の復活のきっかけには沖縄との出合いがあった-。「手塚治虫のオキナワ」の著者で文教大学教授の本浜秀彦さんが2日、那覇市の県立博物館・美術館で、「マンガの神様」とも称される手塚治虫さんと沖縄の関係をテーマに講演した。

 本浜さんは、漫画家としてスランプ状態にあった手塚さんが、1973年に連載が始まった「ブラック・ジャック」により復活したと説明する一方で、沖縄との関係もその背景にあるとの見解を示した。
 本浜さんは、手塚さんが75年に開幕した沖縄国際海洋博覧会のシンボルだった「アクアポリス」の展示プロデューサーを務めた縁で、沖縄を舞台、モチーフにした作品を描いていることを紹介。「手塚治虫がテーマにしていた戦後や戦争、命、自然といったものが詰まっている場所が沖縄だった」と論じた。海洋博以前から沖縄に関心を持っていたことも指摘した。
 講演は、同館で開催中の「手塚治虫 ブラック・ジャック展」(主催・沖縄美ら島財団、沖縄タイムス社)の関連企画。(社会部・真栄里泰球)
スランプ状態だった手塚治虫 復活の背景に沖縄 著者の本浜秀彦...の画像はこちら >>
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