あまりにも衝撃的な事件だった。その影響は今も、さまざまな形で尾を引いている。
公判を通して犯行に至った動機を解明し、真相に迫ってほしい。
 安倍晋三元首相銃撃事件で殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判が28日、奈良地裁で始まる。
 事件は2022年7月8日、奈良市内で起きた。参院選の応援演説中、安倍元首相が白昼銃撃され、死亡した。山上被告は現行犯逮捕され、23年1月、殺人などの罪で起訴された。
 被告の母親は世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に入信し、約1億円を献金していた。
 母親による献金で家庭は困窮、本人は大学進学を断念し、自殺を図ったこともあるという。
 弁護側は、母親の信仰や高額献金の影響で家庭が崩壊した恨みによる犯行で「宗教的虐待」があったとして情状酌量を求める方針だ。
 検察側は、被告の成育歴や教団の活動内容を過度に考慮すべきではなく、結果の重大性を重視した立証を進めるとみられる。
 家庭生活の破綻がなぜ、安倍元首相の殺害に結び付いたのか。浮かび上がってきたのが安倍氏と旧統一教会の関係だ。
 安倍氏は生前、教団の友好団体にビデオメッセージを寄せており、教団への恨みが、教団と関係が深い安倍氏に向かったと弁護側は見る。

 犯行の動機と量刑が裁判の大きな争点だ。
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 事件がもたらした社会への影響は多岐にわたる。
 事件後、日本人信者から教団への多額の献金事例や強引な商法が明らかになった。
 教団に多額の献金を行い生活が破綻した人々をどのように救済するか。事件後、不当寄付勧誘防止法(被害者救済新法)ができたが、まだ道半ばである。
 信者を親に持つ「宗教2世」が抱える困窮や社会からの孤立にどのように支援の手を差し伸べるかも、大きな課題だ。
 自民党議員を中心とする政治家と教団側の「持ちつ持たれつ」の関係も大きくクローズアップされた。
 教団の解散命令請求を巡って東京地裁は3月、宗教法人法に基づき解散を命じる決定を出した。
 「類例のない膨大な被害が出た」と指摘。不当な献金集めなど民法の不法行為を根拠とした。
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 安倍氏銃撃事件は来年1月21日に判決が言い渡される。公判で被告が何を話すか。
出廷が予定されている被告の母親が、教団との関係をどのように説明するかに注目したい。
 いかなる理由があるにせよ、問答無用の銃撃によって政治家を殺害する行為が肯定されるようなことがあってはならない。
 分断が進む社会の中で暴力を肯定するような空気が広がっているとすれば、それこそが大きな問題だ。
 私たちに今、求められているのは社会の健全性を取り戻すための不断の努力である。
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