[命ぐすい耳ぐすい 県医師会編](1372)
 「台所で飲むみりんはうまい」-。Aさんはそう笑って教えてくれた。
30代でアルコール性肝硬変。家族は彼を避ける。冷蔵庫の酒は隠される。もう普通の酒は買えない。だから台所に立ち、こっそりみりんのボトルを傾ける。
 知的好奇心から、その夜私は飲み比べを試した。みりんは甘く、こってりしている。なるほど、確かに「飲める」。次に料理酒は…うっ、苦くてしょっぱい。さすがのAさんも、お酒・アルコール飲料として飲めないように、わざと大量の塩が入っている「料理酒」は飲む気にならないようだ。
 さて、なぜ彼はここまで来てしまったのか。
 Aさんの「高校の時、一気飲みで負けたことがなかった。
先輩にも褒められた」と誇らしげな思い出話を聞きながら、私は背筋が寒くなった。
 彼の「栄光」は17歳の夜に始まっていたのだ。そして常習的な飲酒の果てに、30代という若さで肝硬変という診断が下された。
 脳科学はこう教えている。未成年の脳は、快楽や興奮をつかさどるアクセルは急速に発達するが、それを制御する理性のブレーキはまだ完成しないと。このアンバランスな状態でアルコールの快感を覚えると、脳はその刺激を強く求めるように発達がゆがめられてしまう。初恋の記憶が何十年も色あせないように、多感な時期に受けた刺激を、脳は一生忘れないのだ。
 祭りや祝いの席で、「自分も昔はやった」と孫にまでグラスを許していないだろうか。「酒に強い」ことを誇りに思わせていないだろうか。
 その1杯が、将来台所でみりんを飲む彼の姿につながっているのかもしれない。
 「お前の番はまだ早いよ」とグラスをそっと下ろさせる。それこそが、次の世代に悲劇を繰り返させないための、大人の本当の愛情であり知恵ではないだろうか。

 ※本コラムに登場する事例はプライバシー保護のため、特定の個人が識別できないよう事実を改変・再構成しています。
(村井俊介 県立八重山病院内科(石垣市))=第2・4水曜日掲載
 
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