[心のお陽さま 安田菜津紀](49)
 「ベネズエラのマドゥロ大統領が米国に拘束された」-。そんな速報が入ってきたとき、私はシリア北東部を取材中で、イラクやシリア出身の友人たちと一緒にいた。
彼らはこの米国の動きに敏感に反応した。国際情勢、とりわけ大国の動きが、自身の生活をどれほど左右するか、彼らは痛感せざるをえない日々を送ってきている。
 やがて話題は2003年の米軍によるイラク侵攻や、その後の治安悪化、さらにはいわゆる過激派勢力「イスラム国」の台頭など、おびただしい命が奪われ続けてきた近年の現状へと移っていった。
 特にイラク出身の友人はメディアの仕事をしてきたこともあり、米軍のイラク侵攻後、日本が自衛隊を派遣したこと、「Okinawa」というところから多くの米兵が派兵されてきたこともよく知っていた。
 「“米国と協力しているだけ”と、日本が直接実弾を一発も撃たなかったとしても、撃たれた側にとっては皆、加害者だ。なんの違いがあるのか」と彼は言う。帰国してからもこの言葉を幾度も思い返している。
 勇ましく軍事増強が叫ばれている。しかし放たれた弾に倒れた人々のことを、悲しみに暮れるしかなかったその人の大切な人たちのことを、私たちはどこまで知っているのだろうか。そして知ろうとしてきただろうか。
 「日本は戦争から復興した国だと思っていたが、どうしてわざわざ米国の戦争に近づいていくのか」という声もかけられた。「力こそ正義」とばかりにトランプ政権は振る舞う。
沖縄への米軍基地負担集中は、基地の傍らに生きる人々を否応(いやおう)なしに不条理な力の近くへと引き寄せていくことを意味している。
 新年早々に、日本を含めた世界は岐路に立たされた。しかし「力こそ正義」がまかり通る世界で犠牲になるのは、日々の営みであり、ささやかな生活だということを、各地の取材で目の当たりにしてきた。「国際法など無意味だ」と投げやりになる前に、小さくても確かに抗(あらが)う意思表示を続けていきたいと思う。(認定NPO法人Dialogue for People副代表/フォトジャーナリスト)
=第3月曜掲載
 
(写図説明)シリア北東部、イラク国境近くに点在する石油採掘施設
「力こそ正義」に抗して 年明けに岐路に立つ世界[安田菜津紀エ...の画像はこちら >>
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