那覇市首里で65年にわたり店を構えた「首里写真館」が4月29日で閉店する。スマートフォンやデジタルカメラの普及に伴う需要の減少で、経営が厳しくなり歴史の幕を下ろすことを決めた。
代表の神谷広さん(59)は「時代の変化なので仕方ない。『お客さまの笑顔を記録する』をモットーにここまでやりきった」と感慨を込めた。創業当初から卒業アルバムの撮影をしてきた幼稚園や、長年通った地域住民からは「今までご苦労さま」「次からどこに撮影をお願いしようか」など、ねぎらいや閉店を惜しむ声が聞かれた。(社会部・西口優子)

首里写真館の外観=1月23日、那覇市首里儀保町・首里写真館

 
 首里写真館は神谷さんの父堪正さん(故人)が1960年、那覇市首里池端町で創業した。山川町に移り、さらに沖縄の日本復帰後に現在の儀保町に店を構えた。
 神谷さんは父の影響で幼少期から自然と写真に関わってきた。中学生の頃から一眼レフを持ち、日常や風景をカメラに収めた。東京の写真専門学校を卒業した後、店を継ぐつもりで帰郷。22歳の頃からアシスタントとして集合写真などの撮影に携わった。成人式や卒業式など人生の節目の記念撮影を通して、数多くの客の笑顔を引き出すよう、プロ意識を持って追求してきた。
◇世代を超えて家族を撮影
 デジタルカメラが普及する以前は、スタジオの明るさや被写体との距離を見極めながら、絞りやシャッタースピードを一つ一つ計算して撮影していた。
 白黒フィルムの現像も全て手作業。
フィルムを巻いてタンクに入れ、薬品の配合や温度を細かく調整しながら焼き付けた。写真館で現像できない写真は近くの現像所に持っていった。「少しのミスが写真の出来を左右するので、撮影から現像まで常に緊張感があった」と神谷さんは振り返る。
 2003年ごろからフィルムカメラに代わってデジタルカメラが主流に。誰でも簡単に写真が撮れるようになり「写真家としての価値が分からなくなった時期もあった」という。それでも「赤ちゃんの時に撮影した子が大人になり、わが子を連れて写真を撮りに来る。3~4世代にわたって撮影したことが何度もある。そんな日々が楽しかった」と懐かしむ。
 創業当初から、那覇市首里崎山町にある首里カトリック幼稚園の卒業アルバムの撮影を担ってきた。「全員の笑顔が写るよう、立ち位置や声かけ、撮影のタイミングなど細やかな配慮を重ねてきた」
◇写真館ゼロになった地域も
 写真館の需要減少には業態の変化も関係しているという。かつては美容室で衣装を貸し出し、着付けをして撮影に来るのが普通だったが、衣装を貸し出すブライダル業などが着付けから撮影まで担うようになり、写真館の必要性は徐々に薄れた。
 つながりを大切に地域で支え合っていた近所の美容室や現像所も、店主の高齢化や需要の減少で相次いで閉店。
お宮参りの写真を撮る人でにぎわっていた那覇市若狭の波の上では、5~6軒あった写真館が今では0軒になってしまったという。

60年前のフィルムカメラ「アンソニー」を大事に保管している神谷広さん。布をかぶせてピントグラスに映る上下逆さの像を見ながらピントを合わせ、撮影していた=1月23日、那覇市首里儀保町・首里写真館

 
◇残り2カ月、感謝を胸に
 神谷さんは「誇りを持って仕事に励んできたが、時代の流れにはあらがえない。店を終わらせるなら自分の手で。閑散期に入る前に閉めよう」と決意した。
  3、4月は卒業式や入学式のシーズン。閉店前に最後の撮影に訪れる常連客もいて忙しくなる。「時代が変わっても写真の価値を理解して通い続けてくれたお客さんには感謝の気持ちでいっぱい」。お客さんへの感謝を胸に、残り2カ月、カメラのシャッターを切り続ける。
 首里写真館の営業時間は午前10時~午後7時(午後6時半受け付け終了)。木曜定休。撮影の予約や写真の受け取りは首里写真館、電話098(885)2082。


 
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創業1960年「首里写真館」4月末で閉店へ 需要減少、街の写真館また一つ消える 「時代の変化抗えず」
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創業1960年「首里写真館」4月末で閉店へ 需要減少、街の写真館また一つ消える 「時代の変化抗えず」
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