女たちの「休日」と「祭り」が、根深い不平等を照らし出し、社会を変えていった。
 今から約半世紀前の1975年10月24日。
北欧アイスランドで、全女性の9割が仕事や家事をボイコットする「女性の休日」と名付けられた前代未聞のストライキがあった。
 それで、何が起きたのか。街の商店も銀行の窓口も学校も工場も全てがストップ。男たちは子連れで会社に出勤し、慣れない家事にあたふたとした。
 男女不平等を訴えるための「休む」という行動は、女性がいなければ社会が回らないことを示し、後の改革につながった。
 アイスランドは現在、世界経済フォーラムが発表するジェンダーギャップ指数で、16年連続1位を誇っている。
 きょう3月8日は、女性の権利向上を掲げ、国連が定めた「国際女性デー」だ。国際女性年の75年に始まった。
 女性年から続く「国連女性の10年」最終年の85年11月23日に開かれたのが、第1回「うないフェスティバル」。声を上げ、つながろうという女性運動の新たな波が県内でも生まれた。
 祭りの模様をラジオで12時間生放送するという企画も大胆だったが、50近いグループがテーマごとに展開したワークショップは、女性たちが抱える問題を可視化した。
 雇用の不平等や売買春の問題、政策決定の場に女性をなど、課題の共有はその後の市民運動に大きな影響を与えることになる。

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 うないフェスティバルは2014年まで30回続いた。
 女性たちは参加することでエンパワーメントし、生活の場から社会と関わり、女性や子どもの幸せ、平和実現のためにと行動した。
 男子が継承すべきだとする慣習を巡って大論争が起きたトートーメー(位(い)牌(はい))問題では、女性に不利益を強いる状況を社会問題として発信した。
 バスガイドの35歳定年問題では、女性の権利を主張し、60歳定年を勝ち取った。
 米軍基地問題では、軍人による性暴力を「基地がもたらす人権侵害」と捉え、新たな運動のうねりをつくる役割を果たした。1995年の米兵による少女暴行事件では、女性たちのその訴えが、日米安保体制を根幹から揺るがすことになった。
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 うないフェスティバルの一番の目的は「女たちのネットワークの実現」だったという。
 つながることで女性が本来持つ力を引き出し、誰もが生きやすい社会を目指したのだ。
 男女の賃金格差などアイスランドにもまだ課題が残るように、ジェンダーギャップ指数118位に沈む日本の状況はさらに厳しい。
 女性の生きづらさが大きく改善されたわけではないが、女性同士の連帯「シスターフッド」による柔らかで確かな取り組みは、今を生きる私たちにたくさんのヒントを与えてくれる。
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