仮に中国の軍人が刃物を手に北京の日本大使館に侵入した場合どう反応したか。あってはならない事態だ。
事件の再発防止に向け、徹底した原因究明と検証が求められる。
 宮崎県の陸上自衛隊駐屯地に所属する23歳の3等陸尉が刃物を持って、東京の中国大使館の敷地内に侵入し警視庁に逮捕された。
 隣接する建物から有刺鉄線付きの塀を乗り越えて侵入したという。
 ウィーン条約は、受け入れ国に外交官や在外公館の安全を義務付けている。
 中国外務省が「日本政府は警備責任を果たせなかった」と抗議するのは当然だ。警察の警備態勢が不十分とみられても仕方ない。
 引っかかりを感じるのは、日本政府の対応である。
 事件後に木原稔官房長官と小泉進次郎防衛相が相次いで「誠に遺憾」とコメントした。「遺憾」は政治や外交の場では「残念」という意味で使われる曖昧な表現だ。
 事件を起こしたのは日本側である。しかも防衛相の発言は発生から3日後。容疑者が所属する組織のトップにもかかわらず、事態の重大性に対する認識が伝わってこない。

 中国側は「十分にはほど遠い」と不満を示している。自衛官侵入事件は、日中関係が冷え込む中、新たな火種になりつつある。
 容疑者が現職自衛官であったこと、事件を未然に防げなかった警備態勢も含め日本政府として、まずはきちんと謝罪すべきである。
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 さらに、検証されなければならないのは、自衛隊内の隊員教育である。
 尉官は自衛隊の階級では「幹部」に当たる。調べに対し、中国側による日本への強硬発言を控えてほしかったなどと述べ、「大使に意見を伝えようとした。聞き入れられなかったら自決して驚かせようと思った」と話しているという。 
 個人の暴走として切り捨てることなく、隊員教育の検証をこの機会に徹底すべきである。交流サイト(SNS)などから「嫌中」の過激な思想の影響を受けていないか、調査も必要だ。
 中国側は、陸尉が中国の外交官を殺害すると脅したなどと主張。日本側の説明と齟齬(そご)がある。日本の「新型軍国主義」が招いた結果などとの主張は受け入れられないが、刃物を持って侵入した事実は重い。
危害を加える意図があったと疑われても反論は難しい。
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 昨年11月、高市早苗首相による台湾有事を巡る国会答弁に中国側が反発し、日中間の政治対話は途切れている。高市氏は「いつも対話はオープン」とするが、具体的に関係改善の糸口を見いだせていない。そのさなかの事件である。
 対応を誤れば、「反日」のナショナリズムを不要に刺激し、中国で暮らす9万人以上の邦人の安全、そして経済、安全保障にも悪影響が及びかねない。
 国際法を順守する姿勢を示し、中国側と向き合い、早期に「感情の負の連鎖」を断ち切ることが、真の国益につながる。
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