桑田佳祐を中心としたメンバーの才能によるところが大きいが、鉄壁のサポート陣の演奏力、若手スタッフたちの感性が共有されていることも、バンドの音楽を支える大きな要因だろう。10年ぶり、21ヶ月の制作期間をかけた最新作『THANK YOU SO MUCH』はすでに大傑作として世間に評価されているが、改めてサウンド面を中心に同作の魅力をひも解いていきたい。
■EDM、プログレ要素など、飽くなきチャレンジを展開する“攻めたサウンド”
オープニングは、サザン流EDMとも言える「恋のブギウギナイト」。緻密なディスコビート、オクターブ下で歌われるマイナー調のメロディ、ファンキーなギターカッティング、歌舞伎風のかけ声など、多彩な音素材が詰め込まれている。共同アレンジの片山敦夫氏、マニピュレーターの“かわちょう”こと角谷仁宣氏の功績も大きいだろう。2023年夏にいち早くリリースされ、茅ヶ崎ライブで演奏された「盆ギリ恋歌」も、バックトラックのサウンドセンスが光る。プログラミングの曽我淳一氏も加わり、エキゾチックで遊び心満載のポップ感を抽出。サーフ調のギターフレーズや名女優・小川眞由美の声のサンプリングなど、いろいろ発見できて楽しい。
音楽的に攻めているのは「ごめんね母さん」だ。片山氏&曽我氏によるキレキレのバック音源が素晴らしく、プログレっぽい展開なのにボーカルのメロディが頭にこびりついて離れない。歌唱法とハーモニーが素晴らしいのだ。
同じくプログレ的な雰囲気を漂わせるのは「史上最恐のモンスター」で、木魚のようなパーカッションと不穏なピアノの隙間を縫うように抑揚を抑えたボーカルが泳いでいく。ポップスの正反対を向いているようでいて、何度も聴きたくなる魅力が練り込まれている。ファン歴が長いほど、こういった“攻めたサザン曲”を好きな人が多いような気がする。
正統派ポップス路線の楽曲は、これまでにない鮮明さがある。「ジャンヌ・ダルクによろしく」は斎藤誠が弾くイントロのギターからまずやられる。ローリング・ストーンズ的なアクセントの効いたストロークに、シャウトを交えたボーカルが絡みあう珠玉のグルーヴ。なんといっても桑田本人のスライドギターが白眉で、音程があがりきらないブルージィさがナイス。「夢の宇宙旅行」は、躍動感あふれるピアノとギターのロッケンローなバッキングが際立っていて、メンバーのルーツロック愛がにじみ出ている。歌詞の世界観も含めて、隙のないアレンジとベテランらしい表現力で、完全体のポップスとして、アルバムの中核になっている印象を受けた。
■長年続いたバンドだけが辿り着ける領域、そこで生まれる魔法が眩しく音楽を照らす
目玉と言えるのが、原 由子のリードボーカル曲「風のタイムマシンにのって」。ピアノとシンセによる爽やかなリフと個性的な歌声が、どこか懐かしい風を運んできて、現代版のシティポップ的な風合い。良質なドライブソングとしての側面もあり、パズルの最後のピースのように挿入される山本拓夫の溌剌(はつらつ)としたサックスソロにより、海岸沿いの風景が目の前に広がる。
自然災害への祈りが込められた「桜、ひらり」は、洗練されたAORアプローチが見事で、ガットギターの優しいバッキングがメロディを浮き立たせ、歌詞が心に沁みる。サザン流の和風ラテンソングといえるのが「歌えニッポンの空」。シンセやギターが何重にも折り重なり、複雑なコーラスが鳴っている中で、思わず「ありがとっ」のかけ声を口ずさんでしまう涼やかな夏ソングだ。はねたリズムと陽気な演奏でカラフルな景色を感じさせる「神様からの贈り物」は、モータウンマナーのギターが絶妙で、桑田自身が弾くベースライン、跳躍するピアノなどで音像を構築。切ないギターのアルペジオと絞り出すような歌が溶け合う「暮れゆく街のふたり」は、少ない音数により深みを演出したバラードで、間奏のクラリネットが情感を増加させる。
と、どの曲も聴きごたえ十分の傑作揃いだが、個人的に最も心を動かされたのは、練達(れんたつ)のメンバーが真摯にバンドと向き合った姿勢だった。デビュー前からあったという「悲しみはブギの彼方に」は、リトル・フィートへのオマージュ的な要素が1st収録の「いとしのフィート」と被っていたためお蔵入りになっていたそうだが、骨組みとしてのメロディと歌詞の完成度の高さに驚く。桑田のスライドギター、原の躍動感あふれるピアノ、リズム隊の燻し銀のプレイ、どこを切ってもバンドならではの旨味があふれ出ている。特に関口和之の歌うようなベースラインには耳が惹きつけられる。自宅のギターアンプを持ち込んで録音したという桑田のスライドギターからは、無垢に演奏を楽しむアマチュアのようなうれしさがほとばしっているよう。
半世紀も前の曲を、バンドでの合奏というエッセンスによって、鮮やかに甦らせたセンスは天才的と言わざるを得ない。メドレー形式でつながっている「ミツコとカンジ」もまた、メンバーが一緒に音を出してレコーディングしたそうで、それぞれの演奏が目の前に迫ってくるようだ。
サザンは個人では成立しない。5人のメンバー、熟練のサポートプレイヤー、精鋭のスタッフが揃ったチームで音楽を作り出しているのだと強く感じた。巨大な船を進めるのは想像を絶する困難があったはずで、これまで半世紀近く続けてきてくれたことにまずは感謝したい。続けてきたからこそ辿り着けるバンドの領域があり、そこで生まれる魔法が、眩しく音楽を照らし出してくれることを、この作品は証明したのではないだろうか。
ラストを飾るのは美しいバラード「Relay~杜の詩」。ジョン・レノンが『ジョンの魂』で見せたようにシンプルな音の力で、強いメッセージを伝えてくれる。温かいピアノの音と優しいボーカル、丁寧に重ねられたコーラス、ひとつひとつの音がしっかり聴こえて荘厳な心持ちになる。最後を締めくくるにふさわしいこのバラードは、アルバム作りの最初に手掛けていたというのも、偉大なるサザンを語るにふさわしいエピソードだろう。
(文・鈴木伸明)