今年1月の日本公開から、ロングランヒットしている香港映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』の勢いが止まらない。原作小説『九龍城砦 I 囲城』(余兒(ユーイー)著/早川書房刊)のサイン会には定員の10倍を超える応募が殺到。
著者によるトークイベントは2分で完売し、関連グッズは「想定の30倍」の売れ行きを記録した。ファンを指す「寨民(さいみん)」(もともとは九龍城砦の住人を指していた)という言葉も生まれるなど、ムーブメントは加速している。洋画離れが進む日本映画界において、同作をヒットに押し上げたものとは。

■広東語映画史上歴代No.1ヒット、日本でも興行収入5億円を突破したアクション大作

 映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦』は、マンガの原作者として活動していた余兒氏の小説家デビュー作『九龍城砦 I 囲城』(原題:九龍城寨、2008年刊)を原作とする。1980年代、香港に密入国した青年・陳洛軍(チャン・ロッグワン)は、黒社会を仕切る大ボスから組織を追われ、無法地帯として恐れられた「九龍城砦」に辿り着く。そこで信一(ソンヤッ)、十二少(サップイーシウ)、四仔(AV/セイジャイ)らと出会い、友情を育みながら、やがて大ボスへの復讐へと動き出す――覇権を争う黒社会の男たちの闘いを描いた香港アクション大作だ。

 2024年に香港で公開されると、広東語映画史上歴代1位となる観客動員を記録。翌2025年4月には「香港のアカデミー賞」と称される『第43回香港電影金像奨』で最優秀作品賞を含む9冠に輝いた。日本でも公開から4ヵ月後に興行収入5億円を突破し、異例の大ヒットとなっている。

 日本でのブームをけん引したのは“推し活”ファンにほかならない。その熱は早くから現れていた。劇場公開から1ヵ月後の今年2月、早川書房の公式X(旧Twitter)が原作小説の日本語訳刊行を告知すると、123万表示の反響があり1万件のいいねを獲得。
投稿には「うぉぉ!ビックニュースきた!」「楽しみ~!入城したばかりで色々情報に飢えているので!」「ありがとう、ありがとう日本語訳楽しみすぎる!」「長生きする理由ができたw」「早川神じゃん…絶対買うわ」「早川さん一生ついてく」など、発売を待ちわびる声が相次いだ。

 その後もX上には、「54回目の入城!」「入城25回目、やっぱり大画面で見るべき作品」といったリピーターの投稿や、「広東語の勉強を始めた」「香港来て毎日叉焼飯食べた」など“推し活”報告が続出。こうした熱気を受け早川書房では小説発売前から“九龍城寨”モチーフのTシャツを販売。すると通常の30倍もの注文が殺到し、急遽生産工場を増やす事態となった。版権業務を担当した山口晶さんは、「ヒットする予感を肌で感じた」と振り返る。

 なぜこの作品は、ここまで熱狂的なファンを生み出すことができたのか――。

■「“推される”のは必然」30~50代女性の心をつかむ『九龍城寨』の魅力

 映画『トワイライト・ウォリアーズ』は、香港映画の十八番であるド派手なワイヤーアクションや、香港映画界のレジェンド、サモ・ハン・キンポーら豪華キャストも注目を集めた。だが“推し活”ファンを生んだ最大の要因は、原作に描かれる魅力的なキャラクターたちと、少年マンガさながらの「友情・絆・熱血」といった熱いメッセージにつきる。

「“寨民”の中心層は30代~50代の女性です。8月上旬に開催した余兒さんのトークイベント(定員400名)も、その9割が女性客でした。個性もビジュアルも際立つ男性キャラクターが数多く登場し、さらに友情や絆という普遍的なテーマが重なれば、“推される”のは必然です」(早川書房 編集企画室・山口晶さん)

 この状況はどことなく近年の『東京リベンジャーズ』や『WIND BREAKER』などのブームも彷彿させるが、実際、原作者の余兒氏は小学生のときから日本のマンガに慣れ親しんでいたこと、『北斗の拳』『ONE PIECE』『ジョジョの奇妙な冒険』などから影響を受けたことを明かしている。表現の仕方こそ異なるものの、原作・映画ともに随所に日本的エッセンスが散りばめられており、これらも日本のファンに響いたのではないだろか。


 さらに、“推し活”に欠かせない要素が聖地巡礼だ。作品の舞台である九龍城砦は、かつて香港に存在した巨大スラム街で、1994年に取り壊され、現在は公園になっている。暗黒都市の象徴として知られる一方、九龍城砦を真正面から描いた小説はほとんどなかったという。

 『九龍城寨』執筆のきっかけについて余兒氏は、「幼少期に通っていた映画館の近くに九龍城砦があり、いつも『ここは何だろう』と思っていました。大人になって、アクション作品のシナリオを書くためのリサーチをしていくなかで九龍城砦のことを知るにつれ、『ここはアクションに適した舞台だ!』と思うようになった」と振り返る。また20年前初訪日した際に九龍城砦の資料を探し、リアルな九龍城砦を記録した写真集『City of Darkness』と出会ったことが運命とも語っている。

 今は無いからこそ、そこがどんな場所だったのか知りたくなる。映画では、緻密に再現された九龍城砦のセットも、観客を惹きつける要素のひとつとなっている。香港で行われた九龍城砦のセットの展示会には日本からも多くのファンが訪れた。

 作中に登場する香港グルメ「叉焼飯」の食べ歩きに広東語教材や関連グッズの購入、聖地巡礼のほか、X上にあふれるファンアートの数々。これら“推し活”ファンの熱量こそが、作品をヒットに押し上げた最大の原動力となった。

「“おすすめ”と“推し”は深度が違うなと感じますね。
単なる“おすすめ作品”ではなく、“推し作品”だからこそ、ここまでの盛り上がりが生まれたのだと思います」(早川書房 編集企画室 山口晶さん)

■続編映画の公開に先駆けて発売される原作小説 今後は日本独自のコミック・アニメ化も視野

 『九龍城寨』は三部作であり、本国では第二部『龍頭』(2018)、第三部『終章』(2024)が刊行されている。さらに、信一にスポットを当てた外伝『信一傳』(2025)も登場した。映画も三部作として制作されることがすでに発表されており、日本では続編映画の公開に先駆けて、早川書房から続編『九龍城砦II』と外伝『九龍城砦外伝』が発売される予定だ。

 余兒氏が「(第一作から)10年空いているので考えが変わったり、前作より深みのある書き方ができていると思う」と語る続編は、第一部の前日譚にして、若かりし龍捲風(ロンギュンフォン)の活躍が描かれる。

 第一部は、小説にあった主人公・陳洛軍(チャン・ロッグワン)の恋愛シーンが映画版ではカットされ、その結果、映画作品はシンプルで分かりやすい仕上がりとなった。ファンにとっては、今後も映画版と原作を比較しながら楽しむ要素が多いだろう。さらに、“推し活”ファンが増えそうな動きもある。早川書房では、日本独自のコミックス版制作やアニメ化についても視野に入れているという。

 ディズニーを筆頭に、『アベンジャーズ』『ハリー・ポッター』『鬼滅の刃』など大ヒット作の多くが、IP化されマルチにビジネス展開される昨今。そのIPビジネスを支えるのが“推し活”であり、その対象はアイドル、映画、アニメ、コンサート/ライブ、舞台など多岐にわたる。つまり、推し活ファンを制する者がエンタメを制す。『トワイライト・ウォリアーズ』の今の熱はどこまで広がるのか、次の一手に期待が高まっている。
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