近年増え続ける、野生のクマの出没情報や山中で人がクマに襲われるニュース。つい最近でも、北海道・知床半島の羅臼岳で登山者がヒグマに襲われて死亡した事件が注目を集めた。
山だけでなく、人が住むエリアでの目撃情報も増え、人間慣れしたクマが増えてしまっているなか、われわれはどのような対策ができるのか。クマ対策にはさまざまなアイテムがあるが、何よりも大切なのは根本的な意識の持ち方。今回は、対策グッズの役割も踏まえつつ、アウトドア用品メーカー・モンベルの宮畑氏に、万が一に備えた心構えや意識改革の必要性について話を聞いた。

■自治体や個人からの問い合わせ相次ぎ、ベアスプレーやホーンは「完売している状況」

ーー今年は特に、各地でクマの出没や人身被害のニュースが相次いでいます。そうした状況を、アウトドア用品を扱うメーカーとしてどのように受け止めていらっしゃいますか?

(宮畑氏)1990年代に環境省による捕獲上限数等の規制が始まってから、個体数が増えていることは聞いています。最近では2020年、2023年などクマが増えた時期があります。

 今年はさらにそういった報道が多くなり、自治体や一般の方からの問い合わせが大変増えています。われわれが取り扱うアメリカ製の強力なクマ撃退成分を配合したベアスプレーや、ホーンのような大きな音を出すクマ対策アイテムは、現在完売している状況です。

ーー安全にアウトドアを楽しむために、クマに関してどんな対策や心構えが必要だと思われますか?

(宮畑氏)アウトドアは人間が野生動物の生息地に入って楽しむものなので、事前にクマと遭遇しないための方法や、遭遇してしまったときの正しい対処方法、対策アイテムの使い方といった知識を正しく持っていることが大事です。

 自治体や地元の警察がクマの生息地や出没情報を出していますので、必ず山に入る前に確認してから出かけてください。われわれとしては、「出会わないための対策」や「正しい知識の共有」が何よりも重要と考えています。

ーー自然の中では、思いがけずクマと遭遇することもあります。
そのとき命を守るために、最も頼りになる対策とは何でしょうか?

(宮畑氏) クマの生息域へ入るときは複数人で行く、熊鈴を付けるなど、においや音で人間の存在に気づかせ、クマに人を避けてもらうことがまず大切です。そのうえでもし出会ってしまった場合、もっとも推奨しているのはクマ撃退用のベアスプレーです。

 それでも、もし至近距離で遭遇した場合は、クマによる直接攻撃など過激な反応が起きる可能性が高くなります。攻撃を回避する完全な対処法はありません。ベアスプレーを携行していれば、クマに向かって噴射することで攻撃を回避できる可能性が高くなります。

■普段から携帯できる“熊鈴”、消音機能があるサイレントタイプを推奨

ーー本格的な装備でなくても、普段から携帯しておけるクマ対策グッズにはどんなものがあるでしょうか?

(宮畑氏) 常に音が鳴り、人がいることを知らせる熊鈴がおすすめです。ザックやベルトに取り付けておけば、動きに合わせて音が鳴ります。形状や素材によって音の響きや音色はさまざまですが、どれを選んでも基本的には問題ありません。

 ただし、高音で音の余韻が長いベル型や、素朴な音色で広範囲に響きやすいカウベル型、クリアな音色でわずかな動きでも音が鳴る鈴型など、タイプの異なる複数のベルを使い分けることで、さまざまなシチュエーションに対応できます。当社でも多様な熊鈴を取り扱っており、中でも消音機能があるサイレントタイプは、山小屋滞在時や電車、バスの移動中などで音を気にせず使えると人気です。

ーーホイッスルやホーンと聞くと“非常時の道具”というイメージがありますが、実際にはどんな役割を果たすのでしょうか?

(宮畑氏) 見通しの悪い場所は人もクマもお互いの存在に気づきにくく、沢沿いの川の音が大きいところや、風が強い日、雨の日なども、音や人間のにおいが伝わりにくくなります。そうしたエリアに入る前に、より大きな音が出るホイッスルやホーンを定期的に鳴らして人の存在をアピールすることがクマ対策としてまず有効です。


ーー安全対策グッズでありながら、かわいらしいデザインのものやファッションの一部となりそうなのものもありますね。そうしたデザインにはどんな狙いがあるのでしょうか?

(宮畑氏) ファッション性までは意識していませんが、デザインに遊び心はありますね。おかげさまでモンタベアというマスコットキャラクターも人気があります。われわれとしては、デザインがかわいいとかキャラグッズが欲しいとか、入口や動機はどうであれ、クマ対策アイテムを手にとってもらうことが大事だと考えています。

■ベアスプレーはあくまで最終手段「予防ではない認識を持って」

ーー一部では「クマ撃退スプレーを噴射してもつきまとわれた」という報告もあるようです。そうしたケースについては、どのようにお考えでしょうか?

(宮畑氏) 実際にスプレーを使い、クマが逃げたケースでも、どういう状況でどう使ったかまでは、ほとんど検証されていないと思います。そういう状況なのですが、効かなかったとされるケースがあれば、まずスプレーが正しい方法で使用されたのか、から検証が必要です。

ーーモンベルのウェブサイトでも使用方法が紹介されていますが、正しい手順で使えば十分に効果が期待できるのでしょうか?

(宮畑氏) そうですね。まずクマが近づいてきた場合、スプレーを前方に2-3秒噴射してバリアを作って、それでも近寄ってくる場合は目や鼻、口を狙って直接当てます。そういう状況下でのクマ撃退用として、アメリカ合衆国環境保護庁(EPA)から認証を得ている信頼性の高いスプレーですから、効果はあるはずです。

ーーいざというときに、落ち着いて正しく使えるかどうかは、やはり不安に感じる人も多いのではないでしょうか。

(宮畑氏) われわれの店舗では練習用スプレーも販売しております。
購入される方には、ベアスプレーはそのまま捨てることができませんので、有効期限切れ製品の処理についてもアドバイスしています。また、航空機には持ち込めませんので、全国でレンタルも行っています。ただ、ベアスプレーはあくまで最終手段であり、予防ではないという認識を持ってください。

■“人がクマの生息地に入っている”「この意識啓発によりいっそう力を入れていかねばならない」

ーー子どもやファミリー層、若年層のほか、海外観光客など幅広い層が山や自然に触れるなかで、“安全と楽しさを両立させる”ためにどんな行動が大切だとお考えですか?

(宮畑氏) 繰り返しになりますが、そもそも“人がクマの生息地に入っている”という意識を持つことが重要であり、それがあれば事前の情報収集も、クマ対策の装備も当たり前になります。そこに行くための装備を整えるなど準備を万端にして、楽しんでください。クマ対策の意識は全体として高まっているように感じますが、われわれは、そういう意識の啓発を、今後よりいっそう力を入れてやっていかないといけないと考えています。

ーークマとの距離が近づいている現状を踏まえ、今後のクマ対策や製品開発の面で取り組んでいきたい課題はありますか?

(宮畑氏) 人里に降りてくるクマが頻繁に出没するなど、人や音に慣れているクマが増えてきています。なので、クマに存在を知らせるホーンのような大きい音を出す新しいアイテムの開発・改良や、そもそもクマに“出会わない”ための方法から細かく検討していく必要があるでしょう。
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