『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』が全国で絶賛公開中。猗窩座の声を演じる石田彰を取材し、猗窩座の過去が語られるにあたってめぐらせた思いを聞いた。


――映画で猗窩座の過去が明かされましたが、鬼としての猗窩座の演じ方に影響したことはありましたか。

石田:どこで切り分けるかによると思うのですが、過去が語られる以前のパートの猗窩座については、別に何の変化もないというか、前に登場したときの猗窩座のまま。また、ここに来た隊士が“ギャーギャー言ってやがる”という気持ちで出てきているのかなと感じたので、僕はそういうつもりでやっています。ただ、戦っていく中で、特に(竈門)炭治郎に対する認識が変化していくという流れは言いようによっては考え方が変わってはいて。拳を交えてみて、“こいつは強くなっているんだ”と、猗窩座の立場からしたら対等ではないけれど、ちょっと自分のところに近づいて上がってきやがったっていう喜び、楽しさみたいなものは感じながらやっていました。

 過去が語られてからの猗窩座は、確かに変化と言ってもいいようなものですが、一つの流れの中にあるものなので、変化って言っちゃいけないのかなという気がしています。

■猗窩座の過去が丁寧に描かれることの意味を意識

――猗窩座は鬼ですが、猗窩座がすごく好きだというファンも多いと思います。今回猗窩座の見せ場があるということで、お芝居の面ではどんなことをより意識したのでしょうか。

石田:物語の構成として、しっかりスポットを当ててくれる形になっているので、時間を割いて猗窩座や狛治のシーンで描かれていることを、“狙い通り”にちゃんとやるということが大事だと思っています。それが結果的に“見せ場”につながる。だからそこをやり間違えてしまわないように意識しました。

 例えば、狛治の人生は一番最初がマイナスからのスタートとも言えると思うんです。
その時点で、彼の行動に目を光らせてくれるような、のちの師範のような人が、当時に周りにいてくれたらまた違う人生だったのかもしれないけれど、そうではなかったので、周りに対してどのような人間になっているのかっていうところをしっかり表現してあげる。そうすることで、師範に拾われて、恋雪と出会って、親子に癒されていくというシーンと落差が生まれる。人間だった頃の中での変化が生まれていく。それをちゃんと理解して、その時々の狛治を演じることで、見ている人にも彼について正しく伝わるだろうと思うんです。
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