1996年の誕生から社会現象を巻き起こし、今年30周年を迎える『たまごっち』。近年では“平成レトロ”ブームを追い風に、Z世代のファッションアイコンとしても再ブレイクを果たし、国内外のシリーズ累計出荷数は1億個を突破した。
この巨大IPはいかにして成長し、そして守られてきたのか。バンダイのメディア部・橋本実希子さんと、法務・知的財産部の岡崎高之さんに、商品開発の裏側と、知られざる模倣品との戦いの歴史について聞いた。

◆世代と国境を超える“お世話”の普遍性 3つの基本フォーマットと守るべきアイデンティティ

 1996年の発売当初、原宿の女子高生をきっかけに爆発的なブームとなり、現在では親子二世代、三世代で愛されるようになった『たまごっち』。発売から30年という時を経ても変わらない、その人気の根底にはどのような価値観があるのか。メディア部・橋本実希子さんは、時代が変わっても揺るがない「軸」についてこう語る。

「2026年11月に発売から30年を迎えますが、私たちが一貫して大事にしているのは『愛情をもってお世話をする』という体験です。『たまごっち』にはオンとオフのスイッチがありません。常に時間が流れていて、ごはんをあげたり、うんちのお世話をしたり、愛情を持って接することで成長していく。そして時には『死』という概念とも向き合うことになります。この『生き物として育て続ける』という体験や、お世話をして愛着が湧くという感情は、普遍的なものです。私たちのパーパス(存在意義)である『世話のやけるよろこびを世界中の人々に。』という思いは、どれだけ技術が進化しても変わりません」

 Wi-Fi機能を搭載した『Tamagotchi Uni』など進化を続ける一方で、「たまご型」「液晶画面」「3つのボタン」という形状は、たまごっちのシリーズ共通の意匠であり、守るべきアイデンティティになっている。


「バンダイ1社で保有しているIPだからこそ、守りながら進化させることや、様々な挑戦が自由にできるという強みがあります。例えば、最新シリーズ『Tamagotchi Paradise』ではあえて赤外線やWi-Fiではなく、本体同士を直接くっつける『接点通信』を採用しました。デジタルネイティブなお子さんたちに、物理的に『つながる』ことの面白さや、おもちゃならではのギミックを楽しんでもらいたいという意図があります。時代に合わせて最新技術を取り入れつつも、時にはアナログな感触に戻る。その取捨選択をしながら、常に新しい遊びを提案しています」(橋本さん)

◆ゆるさやヘンテコさも魅力のたまごっちたち、公式でも正確な数を把握していない

 現在50以上の国と地域で展開されており、海外では日本以上に「ファッションアイコン」としての認知も高く、独自のカルチャーを形成している。近年のY2Kブームも後押しし、玩具業界では異例の国内外累計出荷数1億個突破という数字に繋がっている。

「特に欧米では、初代の形状が非常にアイコニックな存在として認知されており、たまごっちデバイスとして遊ぶだけでなく、ファッションアイテムとしてバッグに付けたり、首から下げたりして楽しむスタイルも定着しています。地域ごとに文化的な背景が異なるため、ローカライズは行っていますが、『お世話をする』という普遍的でコアな部分は全世界共通です」(橋本さん)

 また、『たまごっち』を語る上では、多種多様なたまごっちたちも欠かせない。

「実はたまごっちたちが全部で何体いるのか、たまごっちチームの私たちでさえ正確な数を把握していないんです(笑)。1500体以上はいると言われていますが、その『ゆるさ』や『ヘンテコさ』もまた、魅力の1つとして大切にしています」(橋本さん)

◆模倣品との戦いが契機となったバンダイの「知財」、国の制度運用への働きかけのきっかけにも

 そうした『たまごっち』の華やかなブームの裏側で、バンダイは常に「模倣品(海賊版)」という深刻な問題と向き合ってきた。特に1996年の初代ブーム時は、想像を絶する事態だったという。法務・知的財産部の岡崎高之さんは、当時の混乱と、そこから得た教訓について振り返る。


「1996年の初代ブームは、社内の誰も予想しなかった規模で拡大しました。商品が足りず、追加発注した頃にはブームが落ち着いて在庫を抱えてしまったという苦い経験もありますが、それ以上に私たちを悩ませたのが、雨後の筍のように現れた大量の模倣品です。当時も知財活動は行っていましたが、あくまで常識的な範囲内のものでした。あれほど大規模かつスピーディーに偽物が出回る事態は想定外で、どう戦えばいいのか、まさに手探りの状態でした」

 当時の法制度では、ブームのスピードに権利保護が追いつかないという致命的な課題があった。

「外観(たまご型の本体ケース)に関する意匠権の出願はしていましたが、当時は審査に22ヵ月以上かかるのが普通でした。しかし、『たまごっち』が11月に発売されたわずか4ヵ月後の翌年3月には、もう模倣品が市場に出回っていたんです。22ヵ月も待っていたらブームが終わってしまいます。そこでわたしたちは、不正競争防止法を用いて海外からの輸入差止の仮処分を求めたり、意匠権にも拡充された早期審査制度を活用して出願から6ヵ月での登録を目指したりと、あらゆる手段を講じました。この時の経験が、バンダイが実践的な知財活動に目覚める大きなきっかけとなりました。1998年に知財の専門チームも新設されました」(岡崎さん)

 初代ブームでの苦い経験は、2004年のリバイバルブーム(『かえってきた!たまごっちプラス』『祝ケータイかいツー!たまごっちプラス』)の際に大きく活かされることになる。バンダイは過去の教訓をもとに、極めて戦略的な「模倣品対策」を打ち出した。

「2004年の復活時には、あえて初代『たまごっち』の商品形状を大きく変えずに採用しました。
これは、苦労して取得していた初代の意匠権をそのまま行使し、法的な防衛ラインを確保するためです。さらに、発売の4ヵ月前に『たまごっち復活』を宣言した際も、具体的な形状はあえて伏せました。形状を早く公開すれば、それだけ早く模倣品を作られてしまうからです。その上で『模倣品対策は万全です』と対外的に強くPRし、税関での輸入差止申立ても事前に行いました。結果として、2回目のブームでは模倣品の流通を劇的に抑えることができました。この成功体験によって、各種の知的財産権を活用して、模倣品に断固として厳しい姿勢で臨むという、現在のバンダイの知財文化が根付いたと言えます」(岡崎さん)

◆生成AI時代にメーカーはどのように対処すべき? すべてを画一的な線引きせず柔軟な姿勢も

 30年の時を経て、模倣品の手口も変化している。3Dプリンターの普及やECサイトの拡大により、個人レベルでも容易に模倣品が作れる時代になった。また、生成AIの登場など、権利を取り巻く環境は複雑さを増している。

「知的財産は『無体財産』とも呼ばれ、形がないため、目を離した隙に世界中のどこでも侵害されるリスクがあります。完全にゼロにすることは難しいのが現実です。だからこそ私たちは、『本物の価値』を守ることに注力しています。粗悪な模倣品によって『たまごっちはすぐ壊れる』『つまらない』といった誤った体験が広まり、ブランドが毀損されることを防ぐのが私たちの使命です。
また、精巧な模倣品が増える中で、バンダイロゴがコピーされるとお客様が誤って模倣品を購入されてしまうリスクが高くなります。そこで、ロゴマークという『商標』の権利を活用し、ECサイトなどの模倣品取引への対策に力を入れています」(岡崎さん)

 一方で、ファンによる二次創作や、SNSでのファン活動については、一律に禁止するのではなく、実態を理解したうえでの柔軟な判断も大切だという。

「私見ではありますが、著作権の保護範囲は広いので、法律を形式的に当てはめて『全部ダメ』としてしまうと、ファンの熱量を冷まし、IPの世界観を狭めてしまうことになりかねません。たまごっちについて、私たちの主要な判断基準は、まずそれが『世界観を傷つけるもの(暴力的・性的な表現など)』かどうか、そして『商用利用』かどうかです。ファンの方が愛情を持って楽しんでいる活動については、ある程度許容しつつ、明らかに公式と誤認させるものや、ビジネスとして不当に利益を得ているものに対しては毅然と対応する。その線引きは画一的なものではなく、社会常識やファンの感情も鑑みながら、ケースバイケースで判断しています。

 AIに関しても同様で、まだ法的なルールが追いついていない過渡期ですが、権利者の意思を無視した無断学習や利用には声を上げつつ、クリエイティブな共存ができる合理的なルール作りが進むなら、そこに協力していきたいと考えています」(岡崎さん)

 初代『たまごっち』ブームで模倣品が大量に出回ったことを契機に誕生した知財部門だが、当時の教訓はバンダイが保有する多彩なエンタテインメント商品の世界観を守り、育てるきっかけとなった。バンダイの看板IPへと成長した『たまごっち』だが、登場から30年近く経った現在も私たちが楽しめるのは、こうした長年の戦いのおかげなのかもしれない。

「2026年はいよいよ『たまごっち』の30周年イヤーです。かつてのブームを知る世代も、新しくファンになった世代も、そして世界中のファンも楽しめるような仕掛けを用意して、さらなる飛躍の年にしたいですね。1月からは巡回展覧会『大たまごっち展』を計画しており、歴代のたまごっちデバイスを紹介するだけでなく、ご自身がたまごっちデバイスの中に入り込んだような体験を味わえる、ヘンテコで個性的な展示内容になる予定です。ぜひお楽しみいただけたらと思います」(橋本さん)

(文/磯部正和)
編集部おすすめ