■”中間の選択肢が減っている”「場にふさわしい服装の判断ができかねる環境に危機感」
現在のビジネスウェア市場は、“二極化”していると言われている。ひとつは価格を抑えた手頃なスーツ、もうひとつはオーダースーツやクラシックスーツに代表される高価格帯、こだわり志向のスーツだ。いわゆる“中間”の選択肢が減っているという見立ては、業界内でも共通認識になりつつある。
「リモートワークの浸透や働き方の変化によって、“スーツを着る理由”そのものが曖昧になり、セットアップやカジュアル寄りの服装でも許容される場面が増えています。私個人としてはファストファッションの比重が多くなっていくことは市場傾向であるので、仕方のないことだと思っています。しかし課題とするところは、身だしなみが人の印象を左右する環境や文化がいまだ強く残っている点です。生活者の方々が判断できなかったり、接客を受けずにお買い物をすることで正しい服装がわからなかったりするケースが見られます。その場にふさわしい服装の判断ができかねる環境に、危機感を感じています」(青山商事株式会社 高橋拓也副部長)
例えば「冠婚葬祭にビジネススーツで伺うのはアリかナシか?」など、礼服という存在を知っている世代でも、ついOKなラインを調べてしまう。「マナーやルールの文化を強制するわけではないですが、スーツに需要があるうちは、最低限“相手がどう思うか”に関してはおさえておける環境を作りたい。日本は独自の文化があり、その状況への対応力がすごく高いぶん、情報に惑わされやすくもあります。
■異例の1サイズにつき6回の作り直し、体型のリカバリーができるように
同商品はS・M・Lのシンプルなサイズで展開されている。従来のスーツは、細かなサイズ分けや補正を前提に、個々の体型に合わせていくのが一般的だった。それに対して同商品は、ひとつのサイズで複数の体型をカバーする設計になっているという。
「特にスーツは、体にフィットしていることが“きちんと見える”条件でもあります。しかし、それは“お直し前提”での話です。これが気軽に手に取れる状態にするための大きなハードルにもなっていました」
どんな体型でもある程度のリカバリーできるように使われたのが、長年のスーツづくりで培われた立体的なパターン設計だ。生地を単純に大きくするのではなく、身体の丸みに沿うような構造を組み立てることで、ゆとりがありながらも自然と立体感を保つ縫製が可能になるという。
「この設計を実現するために、開発では各サイズで6回もの作り直しをして、多少体型が違っても、きれいに見える許容範囲を探りました。通常のスーツであれば、ほんの数回の調整で完成に近づくケースも多いのですが、今回は「一つのサイズでどこまで体型をカバーできるか」という検証が必要だったため、異例ですが1サイズにつき6回の作り直しを行いました。
身長やウエストの異なる複数のモデルで試着を繰り返しながら、どこまで許容できるかを探っていく見極めの作業で、従来のスーツづくりとは大きく異なるプロセスでした。
■「スーツ専門店の存在意義は“価格の面も含めた品質”というキーワードでしか語れない」
1万円台前半という価格設定は、スーツに慣れていない層でも手に取りやすいラインを意識したものだという。スーツを着る機会が減っているなかで、2万~3万円の価格帯は心理的なハードルになりやすい。一方で、単に安さだけを追求したわけではなく、あくまで「この価格でこの品質なら納得できる」と思えるラインを探った結果が、1万2980円という金額設定になったと高橋さん。
「スーツ屋ならではの質が担保され、「これがいい」と思える購入機会を入口にして、スーツへの抵抗感を下げていく。そうした役割も、この価格に込められています。ファストファッションでもセットアップが揃う時代に、スーツ専門店の存在意義は“価格の面も含めた品質”というキーワードでしか語れないと考えているからです」
スーツは数十のパーツで構成される衣類であり、それぞれの素材や縫製の精度が仕上がりに影響する。見た目だけでなく、着心地や耐久性にも関わる部分だ。『みんなのスーツ』においても、この品質基準は維持されている。あくまで“入り口の商品”であっても、専門店としての基準は崩さない。そのバランスが、この商品の立ち位置を支えている。
「『みんなのスーツ』が目指しているのは、スーツを特別な存在から引き戻すことです。もちろん、この一商品だけで市場全体が変わるわけではないですが、スーツのあり方を少しずつ更新していく試みの一つであると考えています。
冠婚葬祭や重要な商談といった限られた場面だけでなく、「今日はこれでいい」と思える選択肢としてのスーツ。そのハードルを下げることで、着用シーン自体を広げていきたいです」
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