お笑い芸人・みなみかわが、10日放送のABEMA(アベマ)の番組『しくじり先生 俺みたいになるな!!』に出演。先輩芸人に怒られたエピソードを明かした。


 同番組でみなみかわによる授業「カーネル・サンダースの壮絶人生」を放送。KFC(ケンタッキーフライドチキン)の創業者として世界中で知られるカーネル・サンダースだが、その人生は華やかな成功物語とはほど遠い、“しくじり”の連続だったことが明かされた。

 授業冒頭、みなみかわはカーネル・サンダースについて、「アメリカの食文化を変えた男」と紹介しつつ、KFCの創業年齢が65歳だったことを解説。一同から「ええ!?遅い!!」と驚きの声が上がる中、さらに65歳で創業した時は「無一文で車中泊生活だった」と明かし、教室は騒然となった。加えて、みなみかわは「カーネル・サンダースの人生のしくじりを数えたところ、36個(3ダース)」と説明。人柄についても「頑固で短気!超諦めが悪い!」人物だったと紹介した。

 幼少期のカーネルは、5歳で父を亡くし、10歳で家族を支えるため農場で住み込み労働を始めるも、わずか1か月でクビに。この時、母から言われた「仕事で大切なのはベストを尽くすことよ!」という一言が、カーネルの人生を貫く座右の銘になったという。その後も、ペンキ塗り、路面電車の車掌、軍隊、鍛冶屋の助手、機関士など職を転々とする人生を送り、18歳で結婚。しかし、体調不良で仕事を交代したことを上司に報告し忘れて即日解雇されるなど、しくじりの連続だったと明かされた。

 この“報告ミスによる即解雇”のエピソードを受け、みなみかわが自身の“しくじり体験”を告白。「17、18年前、TKO木本さんに紹介してもらった女性と、元オジンオズボーンの篠宮さんとコンパに行ったんですけど…」と振り返りながら、「木本さんに報告し忘れて、どえらい怒られた」と告白。
スタジオは爆笑に包まれる一方で、みなみかわは「報告大事です」と締めくくり、カーネルのしくじりとリンクする形で教訓を伝えた。

 その後、29歳になったカーネルは「誰かのもとで働くのは向いてない!自分の会社を経営する!」と決意し、汽船会社を起業。しかし、冬に川が凍って船が動かなくなることを想定しておらず、経営はすぐに悪化し倒産。続いてガスライト会社を立ち上げるも、想定以上の速さで電気ライトが普及し、再び倒産。34歳で全財産を失い、無一文となった。

 絶望の中でカーネルは「俺には経営の才能はない!ガムシャラに働くしかない!」と方向転換し、「ミシュランタイヤ」のセールスマンに転身。持ち前の全力主義を武器に、あっという間に全米1位の売り上げを記録するトップセールスマンへと上り詰めた。

 ところが、順風満帆な生活の中で再び不運に襲われたカーネルは、最終的には会社とケンカ別れすることに。カーネルの“筋金入りの頑固さ”が招いた悲劇に、スタジオでは「なんでよ!」とツッコミが飛んだ。その後、職を失ったカーネルはヒッチハイクでケンタッキー州へ向かうが、そこでたまたま乗せてくれたのが、超大手「スタンダード石油」の支配人。この出会いがさらにカーネルの運命を思わぬ方向へ導いていくことに…。カーネルの激動すぎる人生にスタジオは終始驚きの展開となった。


 授業終盤では、カーネルの“やることを見つける力”に感銘を受け、生徒役で出演した日向坂46の上村ひなのが「アイデアマンだなと思いました。切り拓く力はアイドルも求められるものだと思った」とコメント。さらにタレント・福留光帆は、自身のアイドル卒業後の心境について「アイドル卒業した後、人気がなかったので、どうしようここから…てなったとき、『水着になる』しか思いつかなかった」「水着になれば“いいね”がもらえる、その一点張りで、事務所にも『水着グラビアをやらせてください』しか言えなかった」と赤裸々に語る一幕もあった。
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