■正解は「熱を加えていないビール」 “おいしさの記号”として浸透
「実は“生”というのは、醸造後に熱を加えていない、非熱処理のものを指します。それが正解ではあるのですが、そんなことを意識して“生”とおっしゃっている方は、ほとんどいらっしゃらないのではないかと私自身も思っています」と語るのは、『サントリー生ビール』のブランドマネージャーを務める川邊幸さん。「私もビールを飲み始めてまだ10年も経っていませんが、周りの人が『生ちょうだい』と言っているので、自然と“生”と言っていました。その感覚は非常によくわかります」と“生ビールの定義”を話してくれた。
「ビールの表示に関する公正競争規約」では、熱による処理(パストリゼーション)をしないビールでなければ「生ビール」「ドラフトビール」と表示してはならないと定められている。いまや非熱処理があまりに当たり前になり、他社があえて熱処理ビールを“復刻”として発売するほどだというが、生活者が“生ビール”に「のどごし」「爽快さ」「気持ちよさ」を求めている状況は変わらないという。
生クリーム、生パスタ、生ハム…“生”という言葉がついているだけで、食べ物が魅力的に感じられる。「“生”から、そうしたおいしさをイメージされている方は非常に多いのだと思います」。
■ビール参入から5年、NASAの技術から起きた変革
純生が誕生した1967年当時、ビールは熱処理をするのが当たり前だった。ビールづくりに欠かせない酵母は、非加熱のまま残っていれば発酵を続け、味が落ちて日持ちもしない。そのため加熱して酵母の働きを止めるのが常識だったのだ。非熱処理の“生”は、出荷から飲まれるまでの期間が短い樽生ビールに限られ、あくまでビアホールで味わうものだった。
「ご家庭のお客さまに届くまでには、いろいろな流通の過程を経て時間がかかります。熱を加えずに酵母を取り除き、きちんと状態を保てるものにしなければならなかった。それを可能にしたのがミクロフィルターでした」
同社によると、『純生』はアメリカのNASA(航空宇宙局)が開発したミクロフィルターの技術を利用して酵母を取り除くことで、熱処理をせずに鮮度を保つことに成功した。“ビアホールの味を家庭で”という発想は、日本のビールにとってまさに革命だったといえる。当時の広告には、宇宙を背景に瓶が飛ぶビジュアルもあったという。「宇宙開発の技術をビールづくりに取り入れるという発想が、面白いですよね。それだけ壮大なことをやっていたんだと思います」。
実は当時、この技術に目を付けていたのはサントリーだけではなかったらしい。それでも同社が実現にこぎつけた背景には、工場の衛生管理があったという。
「デンマークのやり方を取り入れていて、サニテーションと呼ばれる細菌や微生物の管理を徹底している工場でした。熱処理をしないということは、雑菌も入ってはいけないということ。工場自体が清潔だったからこそ、ミクロフィルターを使って生ビールを実現できたと一説では言われています」
何人もの社員が海外に渡ってビールづくりを直接教わり、そのなかで衛生管理の徹底も教訓として叩き込まれたのだという。
サントリーが初のビール工場となる武蔵野ビール工場を開設し、ビールの製造・販売を始めたのは1963年。そこからわずか5年で、非熱処理の生ビールを世に送り出したことになる。「その5年間は激動だったのではないかと察しています。そこに熱量を注いだ先輩社員たちが本当にすごかったんだろうなというのは、いろいろな資料を読んでも伝わってきます」。
■生ビールへの執着が熱量の根幹
なぜそこまでして“生”を家庭に届けようとしたのか。川邊さんは、当時の社長・佐治敬三氏をはじめとする社員たちの“おいしさ”への執着を挙げる。「海外では当時から生ビールが流通していました。
「創業者の鳥井信治郎が一度ビールに挑戦し、そこから長く間が空いて、息子の佐治敬三が『やってみなはれ』精神をもってビール事業に再度取り組んだ。『ビールはサントリーの魂』と多くの社員が口にするほど、その思いはずっと引き継いできています」
実は川邊さん自身、ビール事業に移る前は佐治信忠会長の秘書を務めていた。「異動の時も『ビール、ええやないか』と。ビールへの熱量がすごく強くて、『100%を他社も含めて4社で割ったらいくつや、25%やろ。まずはシェア25%いかないと何も始まらない』。そのくらい売上の規模を高めていかないと…と常々おっしゃっていました」。今回の復刻にあたって、どんな思いで当時の社員が『純生』をつくったのか、あらためて書物を読み込み、当時の熱量を思い描きながら臨んだという。
■初代と復刻缶が“ほぼ同じ青”
復刻のタイミングについては「10月の酒税改正をきっかけに、いまビール熱がすごく高まっていると感じます。電車に乗ったらビールの広告だらけで、私自身びっくりしました」と話す。純生をリアルタイムで知る世代はもちろん、“復刻”にエモーショナルな魅力を感じる若年層にも届けたい。
味わいは、当時目指した“クリーン&マイルド”の思想を受け継いでいる。「昔のビールは重いものが多い印象があると思いますが、この子は何よりも爽快です。サントリー生ビールと爽快さは共通していますが、純生は麦の風味をよりマイルドに感じられるのが特徴です」。保存されていた当時のレシピをベースにしつつ、副原料の特徴を引き出す仕込みや、発酵の技術をアップデートした。単なる再現ではない。「当時狙っていた“クリーン&マイルド”という中味のコンセプトは生かしたまま、現代のお客さまがそれを感じられるように変えています」(川邊さん)。
パッケージにも同じ思想が貫かれている。取材当日、川邊さんは昭和42年、つまり1967年当時の瓶ラベルの実物を持参していた。同社デザインセンターが保存する当時の缶を分析したところ、その青は現在のサントリー生ビールの青とほぼ同じだったという。
「人間は“爽快”を伝えたかったら、この青に落ち着くんだね、とみんなでわちゃわちゃ話しながら復刻にたどり着きました」。
誰もが口にするのに、説明できない“生”。だが川邊さんは、それでもいいと言う。「“生”が本当はどういう意味かではなく、“生”から感じられる爽快さや飲みごたえを楽しんでいただくことにこそ、生ビールの“生”という言葉の真髄があるのだと思います」。
「個人的には、生ビールは“生き物”だと思っています。たくさんの人の熱意や愛情が込められてつくられている。若い人の間でウイスキーが人気なのは、時間をかけてつくられたもののストーリー性に魅力を感じている方が多いからではないでしょうか。ビールもウイスキーほどの年月はかからずとも、たくさんの愛情と手間がかかっていて、非常に繊細な飲み物です。一つのビールが出来上がるのにも、沢山のストーリーがあります。“若者のビール離れ”とも言われますが、そういう新しい角度での面白さも感じながら、ぜひ生ビールと触れ合っていただきたいです」

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