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 ペンをスティックに、ストローを笛に──誰もが一度は試したことのある“音遊び”を、動画投稿者・983(キュッパ)さんは本格的な音楽表現へと昇華させました。


 やかんやジョウロ、空き缶やマクドナルドのカップなど、身近な日用品を巧みに楽器へと変え、その独創的な演奏で観る人を驚かせています。


■ やかんやジョウロなど、何の変哲もない日用品たちが楽器に……

 あらゆる楽器を物にする「インストゥルメンタリスト」として、ニコニコ動画などに動画を投稿するなどして活動している983さん。


 このほど983さんが「これまで作成した楽器達」というコメントを添えてXに投稿したのは、大きなケースに収納されたさまざまな雑貨たちです。


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
実は全部楽器


 ラバーカップやバット、やかん、ジョウロなどなど何の変哲もない日用品ですが……実はこれ、コメントにある通り、すべて楽器。


 もちろん中央に写っているマクドナルドのドリンクカップや、右端に写っているコーラやビールの空き缶も楽器です。


 どの日用品もよく見れば弦が張られたり、穴が開けられたりしていて、元の形を保ちつつも楽器として改造されていることが分かります。


 が、これらが本当に音を発する、ましてや演奏されるとは、とても信じられません。

■ 見た目からは想像もつかない美しい音色に、未知の感動が押し寄せてくる

 983さんがニコニコ動画に投稿している動画のうちの1つ「日用品の為の協奏曲『夕焼け』」を実際に視聴してみると……。


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
未知の感動が押し寄せてくる


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
ホールでの演奏


 本当に楽器だ。ラバーカップもやかんも杖もバットも、元の形を忘れるほど美しい音色を奏でています。


 動画で983さんは、本格的なホールに日用品を持ち込んでいるのですが、そのシュールさも演奏が始まった瞬間、まったく気にならなくなります。完全な楽器として、983さんの手の中にあります。


 特に中盤から始まる演奏は、モチーフとなっている組曲「惑星」の壮大さと儚さが相まって、格別の聴き応え。「惑星」と「日用品」という文字通り天と地の差がある題材が、音楽により時空を超えて結びついているとあり、今まで感じたことのない手触りの感動が押し寄せてきました。


 筆者がニコニコ動画をよく見ていた2010年代、ペンや空き箱などでドラムを叩いてみたり、定規をベースにしてみたりと、日用品を活用した演奏動画を投稿する人々が多くいた記憶があります。


 ニコニコ動画の魅力の1つでもあるこの“いい意味でのチープさ”を、2025年の今でも形にし続けている983さんに、詳しくお話をうかがってみました。

■ 楽器制作も演奏もほぼ独学!「ピアノは習ってないし、吹奏楽部でもない」

―― もともと楽器は専門的に学ばれていたのでしょうか?


 楽器演奏も音楽もほぼ独学です。


 ピアノも習ったことがないですし、吹奏楽部に入ってたこともありません。


 大学生になったとき、入学式で管弦楽団が演奏したブラームスの「大学祝典序曲」を聴いて、自分もやってみたいと思い、ようやくヴァイオリンをはじめました。


―― ど、独学でこの境地に!?こうした「楽器化」を始めたきっかけというのは……?


 10年以上前だったと思いますが、営業先のホームセンターで見つけた箒が楽器に見えて、それから色んなものを作り出しました。


 ジョウロの楽器はその当時から使用しているもので、とても古いものです。


―― ジョウロやホウキは笛、バットやデッキブラシは弦楽器なのは分かるのですが、空き缶やマックのドリンクカップはどういった楽器なのでしょうか?


 空き缶はオカリナのような楽器です。手で開け閉めして音程を1オクターブ強変えられます。


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
空き缶で演奏


 マクドナルドのカップは、中国の瓢箪笛(フルス)という楽器に近いです。


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
ドリンクカップの中身


 ストローで作ったリードがタッパの中に入っています。息を入れるとタッパの気圧が上がり、空気の逃げ道であるリードを振動させます。ハーモニカも同じようなことが起きます。


―― 動画拝見しましたが、空き缶は本当にきれいな音色ですね……。ちなみにやかんはどんな種類の楽器なのでしょうか?


 やかんは、ナチュラルトランペットという金管楽器のようなものです。


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
やかんで演奏


 ベル(朝顔の形)の代わりにやかんの中で音を放つことで音圧をあげることができます。中には2メートル強の長い管が入っています。また、穴が2個付いていますが、これを開け閉めすることで音程を微調整したり、半音階を作ったりできます。


―― 画像に写っているものの中で特に気に入っている楽器はありますか?


 どれも気に入っています。


 一つだけというのは難しいですが、私のコンセプトは元の日用品の形に楽器としての意義を持たせることなので、この観点でいえばヤカンのトランペットは物理的にも、人間工学的にもとても理にかなっていて秀逸だと思います。


 バルブやロータリーが無い18世紀にこのヤカン楽器があれば現在のトランペットやホルンは違う形をしていたかもしれません。


―― 今後楽器にしてみたいなと考えているものはあるのでしょうか?


 元の物と見た目が変わる楽器は作りたくないので、アイディアが浮かんでいない今は作りたい楽器は無いです。最近、新作のネタ切れ起こしそうで困ってます。


―― 主体はあくまで日用品というわけなのですね。こだわりが感じられて素敵です。ところで、983さんにとって「楽器でないものを楽器にすること」の1番の魅力は何でしょうか?


 楽器と音と音楽そのものを知ることのきっかけになる事です。


ジョウロが笛に、バットが弦楽器に シュールで美しい日用品楽器の世界
ドリンクカップで演奏


 私はクラシックのオーケストラの曲の編曲も仕事として行っているのですが、オーケストラでなぜその楽器が使われるのかがよくわかるようになりました。


 私は、大学での専攻は農学部で昆虫学なのですが、自然科学が全般好きなので、音楽と音が数学や物理学に、さらには聴覚という生理学に密接であることはとても興味が持てました。


 楽譜や楽器に向き合うときは、かなり数学的な思考をしています。


* * *


 人類最古の楽器は「骨や牙で作られた笛」という説が最も有力とされています。


 そもそも自然界には風や雨などの音が存在していましたが、「楽器」と呼べるものは存在しませんでした。人間が暮らしの中で身近な素材を工夫し、音を奏でる道具として発展させたのが始まりです。現代の多様な楽器も、その起点をたどれば、「楽器ではないもの」から始まりました。


 そう考えると983さんの「楽器でないものを楽器にする」というのは、奇妙なことのように見えて、実は楽器の本質に迫る試みではないでしょうか。


 思わず笑ってしまう活動の中に垣間見えた、人間の原始的な探究心に、ハッとさせられました。


日用品の為の協奏曲「夕焼け」


<記事化協力>
「983(キュッパさん)」さん(X:(@983kyuppasan)/ニコニコ動画:1332470)
ニコニコ動画:日用品の為の協奏曲「夕焼け」


(ヨシクラミク)

Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By YoshikuraMiku | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2025090103.html
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