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 「#がんばれパンチ」のハッシュタグとともに、いま大きな注目を集めているのが、千葉県・市川市動植物園で暮らすニホンザルの男の子・パンチくんです。生まれて間もなく母ザルに育児放棄され、人工哺育で育った彼は現在、群れの一員として受け入れてもらうための挑戦を続けています。


 自分の体よりも大きなぬいぐるみをぎゅっと抱えながら、勇気を振りしぼって仲間に近づき、懸命にコミュニケーションを取ろうとする……。そのひたむきな姿がSNSで拡散され、多くの人の心をつかんでいます。


■ 生後間もなく育児放棄されたパンチくん

 パンチくんは2025年7月26日、千葉県市川市の市川市動植物園で誕生しました。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
市川市動植物園の投稿


 名前の由来は、漫画家モンキー・パンチ氏。猿だから“モンキー”、モンキーといえば“パンチ”。そんな遊び心から名付けられたといいます。


 しかし、母ザルが初産だったことも影響したのか、パンチくんは生後まもなく育児放棄に遭います。群れを離れ、人工哺育で育てられることになりました。


 新たな“親”となったのは担当飼育員の鹿野さん。そして、もうひとりの大切な存在が、自分の体よりも大きなオランウータンのぬいぐるみでした。


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ぬいぐるみを運ぶパンチくん(画像提供:市川市動植物園)


 人工哺育を経て、2026年1月19日から群れへの復帰が始まります。そして、親代わりのオランウータンを引きずりながら、自分よりはるかに体の大きな仲間たちに近づき、懸命にコミュニケーションを取ろうとする姿が、2月上旬ごろからSNSを中心に大きな注目を集めるようになりました。


 「#がんばれパンチ」のハッシュタグとともに投稿される日々の様子。ぬいぐるみを手放さず群れに近づいては警戒されて逃げられてしまったり、仲間の輪に入れず少し離れた場所でぬいぐるみと寄り添って眠ったり……その一つひとつの場面が拡散されています。


 懸命に群れになじもうとする小さな背中は、その生い立ちも重なって、多くの人の胸を打ちました。応援の声は日本国内にとどまらず、海外からも寄せられています。

■ 「#がんばれパンチ」拡散で園は平日昼間も大盛況

 実際に現地を訪ねてみると、平日の午前中にもかかわらずサル山の前には人だかりができていました。パンチくんの姿をひと目見ようと、多くの来園者が足を止めています。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
他のサルの様子を見ているパンチくん


 群れに戻ってからすでに1か月あまり。環境に少しずつ慣れてきたためか、取材中は常にぬいぐるみを抱えているわけではなく、親代わりのオランウータンは長い時間、その場に置かれたままでした。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
置いてきぼりにされたぬいぐるみ


 それでも、ときおり思い出したようにぬいぐるみのもとへ戻り、ぎゅっと抱きしめたり、寄り添って横になったりする姿も。今もなお大切な存在であることがうかがえます。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
ぬいぐるみを抱きかかえる


 熱気はしばらく続きそうな市川市動植物園の「#がんばれパンチ」ブーム。


 その舞台裏について、担当飼育員の鹿野さんに、人工哺育中の様子や群れの中で見せるパンチくんの“強さ”などを詳しく聞きました。

■ なぜオランウータンのぬいぐるみ? 成長を支える“親代わり”の存在

−−パンチくんは育児放棄があったとのことですが、ニホンザルではこうしたケースは珍しくないのでしょうか。


 ニホンザルの育児放棄は野生下でも一定数あるといわれています。今回のパンチの母親のような初産の場合や群れの中での立場が弱い場合などに育児放棄が起きてしまうようです。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
添い寝するパンチくんと、群れのサル


−−市川市動植物園で小ザルを人工哺育した事例としては、2008年のオトメちゃんのケースがあったとうかがっています。パンチくんは、それ以来の事例となるのでしょうか。


 当園での人工哺育は過去に5例あり、オトメは3例目で今回のパンチで6例目です。


 5例のうち群れに戻ったケースは3例ありました。今回のパンチのようにぬいぐるみを持って群れ入れしたのは当園でもオトメだけです。


 他園でも人工哺育を行った例はありますが、成功率等は把握していません。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
ぬいぐるみと添い寝


−−パンチくんがオランウータンのぬいぐるみを母親代わりとしているのは、どのような意図や配慮があってのことなのでしょうか。


 まずニホンザルの赤ちゃんは産まれてすぐの頃からお母さんに支えられたりしつつも、自分でしっかりと掴まっています。


 掴まるというのが赤ちゃんにとって安心する行為であり、成長するにあたって筋力をつけるための大切な行為です。


−−パンチくんの成長過程において重要な役割を担っているのですね。


 人工哺育を始めた当初、掴ませるものをいくつか用意しました。色々な太さに巻いたタオル・何種類かのぬいぐるみ。その中で、現在のぬいぐるみが掴みやすそうであり、ニホンザルと近いサイズであったことから近くに置いておくことが増えました。


 成長する過程でパンチにとっても常に近くにあり、掴みやすいというのもあり気に入ったようです。


−−人工哺育中もぬいぐるみとの関わり方は同じだったのでしょうか。


 人工哺育中のぬいぐるみとの関わりは現在とはあまり変わらない様子でした。寝るときは枕のように使っていたり、移動の時に引きずってみたり。ぬいぐるみはパンチにとっては大きめサイズなので自力で運べるようになるまでは時間がかかりました。


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ぬいぐるみと一緒に過ごすパンチくん

■ 人工哺育ザルの群れ復帰に壁「最悪の事態も覚悟」

−−人工哺育で育ったサルが群れに復帰するのは難しく、場合によってはいじめのような行動が見られることもあるといいます。実際はどうなのでしょうか。


 パンチを人工哺育すると決めた当初から、群れに受け入れられず最悪の事態になることも覚悟してきました。


 群れに戻すというところに行く前にもいくつもの壁がありましたが、上司や先輩方からアドバイスや知識をもらい、現在まで元気に成長させてあげることができました。


−−人工哺育の期間中は、どのような点に配慮しながら育ててこられたのでしょうか。


 パンチが強く育つように成長する過程で色んな行動をさせ、いっぱい運動させることで少しでも多く筋力が付けばいいなと思っていました。


 人工哺育の日々は、まだニホンザルの担当になってから日が浅い私にとってサルを学ぶ大切な時間になり、パンチにも大きく感謝しながら人工哺育を行っていました。


−−パンチくんを初めて群れの中に戻した日、どのような思いで見守っていらっしゃいましたか。


 緊張はしていましたが、前述した通り、人工哺育を始めた当初から最悪の事態になることも覚悟してきたので、戻す瞬間もパンチに対して「頑張れ」という気持ちだけでした。


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ママを引きずるパンチくん


−−群れのサルたちは、やはり最初はパンチくんに対して警戒したり、厳しい態度を見せたりすることがあったのでしょうか。


 群れ戻しの練習中の時から何度も群れのサルに怒られたりしていました。群れのサル達からしても柵越しには見慣れているが同じ空間にいることには慣れていなかったので警戒はしていたのだと思います。


 練習していたころの幼いパンチにとって怒られることは怖いことではあったと思うのですが、怖がっても少し時間が経つとケロッとして遊びだす気持ちの強さを感じました。 


−−思いのほか、たくましい様子だったのですね。


 群れに戻した当初、群れのサル達は若干の警戒はしていましたが意外にも厳しい対応をするサルはいませんでした。


 初日から周りにサル達がいながらもぬいぐるみの上に乗って寝たり、ぬいぐるみから離れて探検したり、サルについて行ったりしていました。


−−初日から!


 群れのサル達は若干警戒していたため、近寄ってこられると離れるというサルが多かったですが、中には近寄られても動かず無視しているサルもいました。


 2日目の朝には群れのサルの流れに乗って歩いていたりと、パンチの勇気と群れのサル達の寛容さに感動しました。

■ パンチくんの群れ復帰を支えた“姉役”の存在

−−現在は少しずつ群れに馴染んできているようですが、群れに溶け込むうえで、特に関わりの深かったサルや、橋渡し役のような存在はいましたか。


 群れに戻す前から、担当飼育員と一緒にサル山で一緒に過ごす時間を作っていた際に仲良くしてくれる若いメスの「モエ」の存在が大きいです。


 群れに戻す1週間前から2頭だけで分けて飼育していました。あまりコミュニケーションは見られませんでしたが、パンチにとってサルと同じ空間で過ごすということに慣れる時間でした。


−−“顔見知りがいる”というのは、人間社会でも大きな安心につながりますよね。モエちゃんがそばにいてくれたことは、群れに馴染むうえでどのような影響があったと感じていますか。


 群れに戻ってすぐの頃もモエとの深いコミュニケーションはありませんでしたが、気づいたら近くにいることがよく見られたのでモエにとっても気になる存在になっていたのだと思います。


 群れに戻ってから初めて毛づくろいをしてくれたのもモエであり、現在でもモエとの距離感が一番近いように感じます。


−−群れに受け入れられるきっかけとなった、パンチくん側の働きかけや変化はありましたか。


 パンチは当初から自分から色んなサルに近づいてみたりして、サルとのコミュニケーションの方法を学んでいるように見えました。


 目を覗き込んだり、急に触ったりして怒られることで次は怒られないための行動を取ろうとしているような様子もありました。そんなパンチの積極性と学習能力の高さが少しずつ群れに受け入れられるきっかけになったのだと思います。


人工哺育ザル、ぬいぐるみを抱えて群れへ 「#がんばれパンチ」ブームの舞台裏
様子をうかがうパンチくん

■ SNSブームに「感謝と喜び」 鹿野さんが語るパンチくんのこれから

−−「#がんばれパンチ」がSNSで大きな反響を呼んでいますが、その広がりをどのようなお気持ちでご覧になっていますか。


 沢山の方が応援メッセージや今日の様子などを投稿してくれていることに感謝と喜びを感じています。


 私自身も観察はこまめに行い、写真や動画を撮って記録をしようとはしていますが、他の業務もあるため常にというわけにはいきません。


 その中で多くの方が投稿してくれている今日の様子などを見て、私が見ていない間にこんなことをしていたのかとパンチの様子を知ることにも繋がり助かっています。


−−今後、パンチくんにどのように成長していってほしいとお考えですか。


 パンチを毎日見ているとコミュニケーションを取るサルが増えていたり、ぬいぐるみを持たずに色んな場所で長時間遊んでいたりと成長の速さに驚かされます。


 現在でも少しずつ群れに馴染んできているように感じますが、今後も何が起きるかは全く分かりません。


 ただ、パンチは今までいくつもの壁を乗り越えて現在まで元気に過ごしています。これからもパンチには強く生きて欲しいと思っています。


 これまでも沢山頑張ってきてくれたパンチですが、これからも「がんばれパンチ」と思いながらパンチがサルとして群れで生活できるようにサポートをしていきたいです。


* * *


 逆境の中でもひるまず前を向くパンチくんの姿には、ただ愛らしいだけではない、見る者の背中をそっと押す力があります。


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 新しい職場、新しい学校、新しい町。長い人生のどこかで、誰もが一度は心細さを抱える瞬間に向き合うものです。


 そんなときには、ぬいぐるみを抱えながらも自ら一歩を踏み出し、群れに近づこうとするパンチくんの懸命さを思い出したいものです。思うように受け入れてもらえず、叱られることがあってもくじけない、その強さを。


 いつか群れに馴染めるその日まで、がんばれパンチ。


<記事化協力>
市川市動植物園公式X(@ichikawa_zoo)
市川市動植物園公式サイト(https://www.city.ichikawa.lg.jp/zoo/index.html)
※記事内の画像は一部、市川市動植物園の提供です。


(ヨシクラミク)

Publisher By おたくま経済新聞 | Edited By ヨシクラ ミク | 記事元URL https://otakuma.net/archives/2026022403.html
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